「髪型、白髪かハゲかとか。歩き方、帽子や上着、コート、かばんや紙袋などの持ち物などから特徴を探してインプットする。そして…」
元刑事が自分の靴の踵を指差した。
「ここを見ておけば、対象者には気付かれない、靴の踵を見ていれば感づかれないんだ」
尾行といわれれば、頭か上半身を見続けているものとばかり思っていたが、靴の踵とは盲点だった。
刑事たちは尾行の際、これ以外に何に注意しているのだろうか? 尾行のポイントを聞いてみた。
「人の目にとけこむために、目立たない服装をする」
インパクトのある色の服や格好はしない。尾行の場所にマッチした服装をするのは鉄則だ。
「尾行の際は深追いしない。気付かれそうになったら打ち切る」
警戒心が強い対象者だと尾行を確認するための点検行動をとるため、相手がいきなり反転したからといって、捜査員も反転するのは絶対にNG。そして、すれ違う時には対象者と目を合わせない。
「トンチンカンなのもいてね。俺たちの50メートル前に公安がいて、その50メートル前に対象者がいてさ。そのまままっすぐ歩くと先は行き止まり。対象者が曲がり角の手前で、道の反対側に渡ったから、俺たちも横断した。だけど公安のやつは追いかけるのに必死で、行き止まりにに気づかなった。前を見てないからね。行き止まりにぶつかって『うわっ!』て叫んだんだ。そして慌てて道を渡ってきてさ。対象者だって気配を感じるよ。振り返ったんだ。そしたらそいつ、いきなり道路にしゃがみこんだんだ。あれじゃ単なる変な人だよな」
電車で対象者が最後に乗ったり、ドアが閉まる前に急に降りられても動じず、慌てて乗ろうとしたり、降りようとしてはいけない。
バス停に対象者が1人しかいなければ、一緒に乗らずに次のバス停まで走って乗る。
「忍び込み専門の泥棒を尾行して、一緒にバスに乗っている時、ニヤッと笑われたことがあってね。ばれてたんだよ。知らんぷりしたけど、内心ヤバイって思ったよ。でもしょうがない。ヤツが降りたけど俺は降りなかった。1つ先の停留所で降りて、急いで戻ったけどもう間に合わなかった」
「夜の尾行や張り込みでは、タバコは吸わない」
タバコの火は遠くまで目立ち、臭いが残るからだ。風向きによっては、臭いで相手に気付かれる恐れもある。飲み物もトイレ対策のため、できるだけ控えるという。
「車での尾行はその地域に合ったナンバープレートを使用。目立つ色や型の車は避ける」
他府県で品川ナンバーなどは目立つため、地元ナンバーのレンタカーを借りることもあるという。
「一瞬たりとも視界から対象者を外さない」
これが最も重要なポイントだ。
余談だが、公安より刑事より尾行がうまく、尾行をさせたらピカイチと言われた人がいた。彼は自衛隊中央調査隊の出身者だった。中央調査隊は、今は廃止され自衛隊の情報保全隊に新編されているが、情報収集や保全を任務とする組織である。なぜ彼が公安や刑事より尾行がうまかったのか? 答えは警察手帳だ。
「刑事も公安も、何かあれば警察手帳を出せばすみますが、自衛官はそうはいかないですからね」
落ち着いた声で笑いながら話してくれた元中央調査隊の彼も、すでに引退している。
最後に、元刑事に対象者を見失った時はどうするのか聞いた。
「見失ってもまかれても、いいとは言わないが仕方がない。人の行動範囲は基本的にそれほど変わらないから、後日また尾行すればいい。まかれれば、次どうしようかって考えるわけで、そうやって一人前になっていくんだよ」