役割語は前述の通りマンガにもよく使われるので、私は金水主催のシンポジウムに招かれて発言したことがある。用意したプリントの中にマンガの他に『風と共に去りぬ』(大久保康雄・竹内道之助訳、新潮文庫、二〇〇八年六十一刷)のコピーも入れ、これも役割語の一種でしょうね、と尋ねた。金水はそうですと頷いた。
『風と共に去りぬ』の中で黒人奴隷はこんな風に話す。
「こまりますだ! ビートリス奥さまに叱られるのは、おいら、おまえさまがたがこわがるより、もっとこわいですだよ」
原文ではどうなっているんだろう。黒人は十分な教育が受けられなかったこともあり、文法的におかしい黒人英語を話す人もいる。二重否定が変だったりするのだ。でも黒人が東北弁は話さないだろう。そもそも南部の物語だし。
正確には、この訳文は東北弁でさえない。明治前後に、落語や講談などで語られた疑似田舎弁、まさしく役割語である。東京に近い千葉や埼玉から奉公に来た人たちの言葉が元になったらしい。
さて、日本語訳『風と共に去りぬ』の中で、誰が誰を差別しているでしょう。白人が黒人を。日本人が黒人を。東京人が東北人を。都会人が地方人を。次は火だ(ザ・ファイア・ネクスト・タイム)?
●くれ・ともふさ/1946年生まれ。日本マンガ学会理事。近著に本連載をまとめた『日本衆愚社会』(小学館新書)。
※週刊ポスト2020年7月24日号