鬼気迫る技術者とのやりとり

 誤算だったのは、イギリス人の機械技師とアメリカ人の製紙技師の腕が劣っていたことだ。特にアメリカ人技師の技術に問題があった。建築した工場に最新の機械を備え付けたが、まったくうまくいかない。出てくる紙の質は劣悪で、すぐに切れてしまうのだ。

 二人を雇い入れたのは渋沢である。温厚な渋沢も、いい加減な仕事には我慢ならなかった。なにしろ、この工場がうまくいかなければ、抄紙会社は倒産を迎えるばかりか、出資している第一国立銀行の経営も危なくなる。アメリカ人技師に、渋沢は詰めよった。

「あなたは、経験ある外国の紙漉き技師と聞いている。だからこそ、相当な給料で雇い入れたのだ。機械も最新のイギリス製を使っている。あなたの技術に問題があるとしか、考えられない」

 それでもなお、アメリカ技師は「職工が悪いのです、職工が私の命令を聞かないから」と言い訳するが、渋沢はごまかされない。

「職工はあなたの命令をちゃんと聞いている。原料の製造が悪いか、とか、薬品の調合がよくないかなどに原因があるのだろう」

 そういって、可能性を一つひとつ指摘。解雇も辞さない渋沢の姿勢に、アメリカ技師も腹をくくった。

「一週間待ってください。それでもうまくできないなら、解雇されても不服は言いません」

 一週間後、何とか製品として成り立つくらいの紙は出てきた。だが、まだまだ十分な品質とは言えない。

「苦心して紙を製造してはみたが、値段が安いため、採算がとれない。毎日のように損失を重ねて、株主からは叱責される。事業は一向に振るわない。将来に希望を持っていたものの、当面の経営維持にはまったく困ってしまった」

 渋沢の苦悩は続く。良質な紙が出てくるようになるまでは、1875(明治8)年の初めまで待たなければならなかったという。

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