彼がその〈プールバーと呼ぶにはあまりに撞球場〉な店に呼び出したのは3人。眼鏡の僕〈チェロ弾き〉と、町鼠と違って冬は冬眠する眠り鼠の〈やまね〉。そして胴体こそないが器用に煙管を吸う〈時計屋の首〉だ。撞球場の壁には〈ピアノ弾きを撃たないでください〉と張り紙があり、実は25年前、なぜ父が撃たれたかを知るために、チェロ弾きはその賭けに参加していた。

 そして25年前にも当時の工場長とピアノ弾きと時計屋と〈駄菓子屋〉の4人がエレンディラの卵を巡って賭けをし、命運を二分した顛末を、当時はまだ普通の時計屋だった時計屋の首や老鼠から聞かされるのだ。

「表題作は四半世紀を跨ぐ卵と賭けの物語。第2話の『旅人と砂の船が寄る波止場』は、ある港町にやってきた主人公〈物集旅人〉が〈万有引力先生〉や秘書の〈笛木女史〉の協力を得て、13年前に町の命運をかけて建造された作業船が市長や要人を乗せて出港した直後、突如発生した虹に似た〈閃光〉により、中身の人だけが消えた謎に迫る話で、基本的には昔語りが多いんですけどね。

 それこそ宮内さんが帯に〈かくも軽やかに放られる幻想と与太と博識〉と書いて下さったように、与太ですよ、与太。SFでもミステリーでもなく、幻想小説ほど格調も高くない本書は、どんな本かを説明するのにいつも苦労するんですが、ジャンル=与太話といえばシックリきます(笑い)」

好きに書いたから好きに読んでくれ

 続く「ガヴィアル博士の喪失」は、発明王になった人喰いワニに〈かぎ男爵〉が送りつけた脅迫状を機に、年老いたウェンディが営む駄菓子屋に例の面々が集う、和解と再生の物語。第4話「コヒヤマカオルコの判決」は、判事の横暴に業を煮やした公証人〈古本ねずみ〉の策略で裁判官のバイトをすることになった16歳の図書委員の冒険譚と、各種名作の細部やその後を、日高氏はまるで接ぎ木するように発展させ、全く違う花を咲かせてしまうのだ。

「本は昔から好きで読んではいますけど、私は粗筋を聞かれるのが苦手というか、例えば『ドン・キホーテ』も少年版で読み、主役よりサンチョ・パンサの活躍とか、取るに足らない細部だけを憶えている類の本好きで。

 ほら、会話とか雑談ってそうじゃないですか。断片的な記憶や知識から話題があちこち飛んで、気づくと全然違う話になってるけど、まあいいかっていう(笑い)。私の小説もそれに似ていて、読者を迷子にしない程度に手綱は握りつつ、調和とか伏線の回収はほぼ考えない。昭和なギャグも別にわからない人はスルーすればよく、特に今は好みが細分化し、みんなが知ってることなど皆無に近いので、調べたい人は調べて下さいと、委ねているところはあります」

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