30年以上、ひとり暮らしをしているから個食には慣れているし、それが何日続こうが不満に思ったことはない。生活が乱れてくると自炊をやめてコンビニご飯になるけど、そんなときでも人と飲食をする機会はいくらでもあった。でも、それとこれは話が違う。家の中でひとり、立ち食いしかできない日が続くと、自分がとてつもなく不幸な気がしてくるんだわ。
1か月前まで住んでいた東京は日に日に遠くなるばかりだ。どんなに東京が恋しかろうが、冗談にでも「行って来る」とは言えないもの。
当たり前だよね。母親の介護にかかわっているのは全員、医療関係者だし、「もし万が一のことがあったら大変なことになっからな」と言うのは、母親と同い年のN子さん(93才)だ。戦後すぐ、私の実家の近くで赤痢が発生して、家族が亡くなった家が何軒もあったそうな。
「満洲からの引き揚げ者が発生源で、集落に縄が張られて、町との行き来が長いことできなかったんだよ」と、ここで生まれ育ったN子さんの話はやけにリアル。コロナというと最新の災厄のような気がするけど、多くの人の人生を変えてしまうような感染症は昔からあったのね。
と、そんな話を持ち出すまでもなく、「もし何かあったら……」。このひと言で心の鎖国が完成されちゃう。
とはいえ実は私、先日、“県をまたいだ行き来を禁ずる”という緊急事態宣言の禁を破ったの。家から出られない介護生活でいっぱいいっぱいになったある日、友達に頼んでドライブに連れて行ってもらったのよ。
行き先はお隣の栃木県。わが町から山伝いに走り、おいしいと評判のコーヒーを飲みに行った。
しかし、3密を避けるというけど、そもそも実家のある町は人口2万人ほど。パチンコ店は廃墟だし、古い家並みの町中でも空き家が目立つ。友達の運転する車の窓を開けて稲穂の香りのする中を走っていると、連日、テレビから流れる「密を避けて!」という警告がバカバカしくなってくるんだわ。
こんな田舎でも感染者はぽつぽつ出ているから油断はできないけど、それでも都会と比べたら小数点以下にもならない数だ。
いろいろと不満はあるが、命あっての物種だし、先がわからないことだけはハッキリとわかっているコロナ禍。地方疎開も介護も、ご飯以外は慣れるとなじんでくる気がする。
といいつつ、やっぱり「期間限定で」とつけ足したくなるけどね。
【プロフィール】
「オバ記者」こと野原広子/1957年、茨城県生まれ。空中ブランコ、富士登山など、体験取材を得意とする。
※女性セブン2021年9月16日号