「トヨトミは、われわれなんて潰しても何とも思わないですよ。統一さんと林さんの〝お友達〟のディーラーだけ残せばいいと思っているんじゃないですか」
昨年、東北地方で小規模ながら高い販売実績を重ねてきたあるトヨトミディーラー運営会社の社長から聞いた話がよみがえる。その会社はトヨトミが現地の直営ディーラーを手放す際に手をあげたのだが、トヨトミが売却先として選んだのは、実績で劣る別の販売会社だった。売却先に選ばれた会社の社長は、若かりし林公平が営業部で「フローラ」を売っていた頃、ソープランドに連れ回す「接待攻勢」で関係を築いたと言われている。
「尾張モーターズはなぜ土地の売買にまで首を突っ込んでガルボ販売店の出店を妨害したのでしょうか?」
統一の恫喝に屈せず、林の懐柔策も振り切って外車販売店をはじめようとした清城に腹を立てたトヨトミが、子飼いの尾張モーターズを使って嫌がらせをしたのだろうかと思ってたずねてみたが、清城の答えは違っていた。
「尾張モーターズには、焦りというか、われわれトヨトミムーブへの危機感があるんですよ。彼らはトヨトミの〝親藩〟みたいなディーラーで、文字どおり〝殿様商売〟をしてきた。全車種併売はそんな彼らにとっても一大事なんです。実際、売り上げは落ちていると聞いています」
やはり不正車検はこの流れの中にあったのだ。自分の見立てが正しかったことを確信した。おもしろい記事が書けそうだ。
「われわれは尾張モーターズのように、最新モデルをいち早く回してもらえるような〝役得〟はありませんから、サービスと接客で売ってきました。うちとあちらでは出店地域が重なるのですが、ことごとく我々の店が勝ってきましたし、あちらのお店からうちに乗り換えるお客さんも多い。それがおもしろくなかったのかもしれません」
マスク越しで表情はわからなかったが、その言葉には文乃というよりも自分に言い聞かせるような響きがあった。文乃はマスクをあごにかけ、すっかり冷えているコーヒーをひと口飲んだ。
「ということは、この妨害工作には尾張モーターズの阪口社長が関わっているのでしょうか?」
それはわかりません、清城は言ったが、含みのある表情を浮かべた。尾張モーターズの現在の社長は富雄の孫にあたる阪口雄一。不正車検を内部告発した横井一則をパワハラしていたという人物だ。
「ただ、彼についてはよくない噂を聞きますね」
「よくない噂?」
少しの間逡巡した清城は、これです、と右手の人さし指で頬を斜めになでた。
(最終回「名義貸し」につづく)
※登場する組織や人物はすべてフィクションであり、実在の組織や人物とは関係ありません。
編集/加藤企画編集事務所