その点、アシヤがアシヤだから起き得た出来事と、誰にでも生じ得た事態とが作中には混在し、個と組織、血や時代といった抗い様のない宿命を、考えてみれば私たちの誰もが生きていた。

「彼には中国や朝鮮出身の鉱夫を含む当時抑圧された全ての人を仮託していて、繁栄の陰で多くの犠牲者を生む構図は今も変わらない。その心の深奥を掬いとれば純文学になりますが、私はエンタメでそれをやりたい。だからつらい場面も楽しい場面も両方描き、一見バラバラな題材の中に人知れず滲み出す人間観や社会観が作家性になればいいのかなと、今は思っています」

 水銀を戦争に使うか平和に使うかも実は人間次第だ。

「自然界にただ存在していた水銀を、勝手に見つけて悪者扱いしたのも人間で、その点は極めて不幸な物質と言えなくもありません」

 アシヤたちも然り。だが彼はその宿命を超えようとする主人公でもあった。

【プロフィール】
岩井圭也(いわい・けいや)/1987年生まれ、大阪府出身。北海道大学大学院農学院修了。2018年『永遠についての証明』で第9回野性時代フロンティア文学賞を受賞しデビュー。他著書に『夏の陰』『プリズン・ドクター』『文身』『水よ踊れ』など。アシヤや源一の水銀愛にはかつての自身を投影。「YouTubeにも水銀系の映像が結構あるし、昔、割れた体温計から転がり出た水銀を触ろうとして叱られたという読者は多い。人は毒にも惹かれるんだと思います」。177cm、78kg、A型。

構成/橋本紀子 撮影/国府田利光

※週刊ポスト2022年2月4日号

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