権力者から押し付けられたこと、社会をリードする人びとから良いと推奨されてきたことに努めてきたのに、眼前にあるのは相変わらず不公正で理不尽な社会。大衆が国内の政治・社会エリートだけでなく、自分らの価値観に従わせようとする先進諸国に対し、不信感を募らせるのも無理からぬことだった。
21世紀の今になって、まだムーダンや呪いが日常の一部である韓国の現実も根は同じなのではないか。米アカデミー賞受賞映画『パラサイト』を持ち出すまでもなく、現代の韓国社会は公正でない現実、極端な格差社会、正義が通らないことへの怒りが渦巻いている。その怒りや不安を何によって癒せばよいのか。いったい何を信じれば、心の慰めになるのか。今回、大統領選に関して過激な投稿をした「ナム氏」は、具体的な解決策を提示できないまでも、怒りの矛先が野党候補に向かうようにしたかったのだろう。
偉い人の言動も外来の仕組みや思想も信頼するに値しないと見られたとき、人びとが伝統や固有の文化に回帰するのは、インドや中東イスラム諸国など、20世紀に独立を果たした諸国の多くがそうであるように、決して珍しいことではない。
信頼のできない連中が否定するのだから、本当はよいことなのではないか。捨て去るべき過去の遺物なのではなく、捨てようとしたから世の中がおかしくなったのではないか。現実の社会に対する不満が、呪いを否定する合理的な価値観の完全な受け入れに、二の足を踏ませているように思えてならない。
【プロフィール】
島崎晋(しまざき・すすむ)/1963年、東京生まれ。歴史作家。立教大学文学部史学科卒。旅行代理店勤務、歴史雑誌の編集を経て現在は作家として活動している。『ざんねんな日本史』(小学館新書)、『いっきにわかる! 世界史のミカタ』(辰巳出版)など著書多数。最新刊に『鎌倉殿と呪術 怨霊と怪異の幕府成立史』(ワニブックス)がある。