王朝時代、「呪い」は重罪だった
韓国における「呪い」と「わら人形」と言えば、2010年制作の韓流時代劇『トンイ』が思い出される。朝鮮王朝の19代王・粛宗(在位1674〜1720)の後宮を舞台とした本ドラマは、権勢をほしいままにしてきた寵妃のチャン・ヒビンが、王妃を呪殺した証拠である人形を主人公のトンイに見つけられ、王から「賜酒(毒入りの酒を下賜)」され自害する展開が終盤の見どころだった。細かな点はともかく、チャン・ヒビンが王妃を呪詛した罪で毒酒により死刑に処されたのは歴史的事実である。
この場合、被害者が王妃ということもあるが、たとえ対象が一介の庶民であっても、呪いが殺人と同等の犯罪と扱われたことに違いはなかった。
呪いが犯罪とされていた点は近代以前の日本も同じである。平安時代の末期、鳥羽院政下の1155年、左大臣の藤原頼長が失脚を迫られたのも、近衛天皇の崩御に際して、呪詛をしたとの風聞を立てられたことがきっかけだった。
中世史を専門とする清水克行・明治大学教授の著書『室町は今日もハードボイルド』(新潮社)によれば、戦国大名の先駆けである越前の朝倉教景が孝景と改名したのも、所領争いの相手である奈良の興福寺が自分を呪詛していると知り、それを無効化させるためと考えられるという。
江戸時代にはわら人形を用いた丑の刻参りが広まり、幕府は呪いそのものを非合法化した。近代以降、明治政府は法による規制をしないまでも、文明に反する迷信行為として、避けるよう勧告していた。
現在の日本では、呪いが違法とされることもなければ、呪いによる殺人は不可能という通念が広く共有されている。しかし、フィクションの世界は別だ。1970年代以降に限っても、『エコエコアザラク』『帝都物語』『陰陽師』『リング』『呪怨』『デスノート』『呪術廻戦』と、呪いをテーマとしたヒット作が続き、通信販売を利用すれば「丑の刻参りセット」などいう商品も購入できる。復讐や殺人の手段としてではなく、アンダーグラウンドなカルチャーとして親しまれているのである。