コロナ禍での切羽詰まった決断だった。しかし、周囲に不安を漏らすことはなかったという。
西郷の代表作のひとつ『どてらい男』(関西テレビ・1973~1977年)で共演し、親交の深かった喜劇俳優の大村崑(90)が語る。
「輝ちゃんは、僕が夜型人間ということを知っているので、夜遅い時間に『先輩、何してます?』と2、3か月に1回電話をしてくるんです。オーストラリアに行く前にも電話がかかってきましたが、前立腺がんだということは一言も言わず、『厄介な手術で日本では難しいので、海外に行ってきます。まったく心配ないので、終わったらすぐに帰ってきます』と明るい声の挨拶でした。深刻な感じはなかったです」
4月末に妻と共にオーストラリアに渡った西郷は、コロナ対策として14日間の隔離生活を経て、シドニーにある病院を訪れた。
ここで西郷が受けたのは日本では未承認の「PSMA治療」と呼ばれるものだった。窪田医師が語る。
「通常の前立腺がんの治療で効果が見られない患者さんに対して行なう治療法で、ルテチウムもしくはアクチニウムという放射性同位元素を静脈に注射するだけです。
ルテチウムが前立腺がんの細胞表面にあるPSMAという特殊なタンパク質と結合し、放射線を出すことでがん細胞を死滅させる。治療の仕組み自体はシンプルですが、放射性物質は厳重に扱う必要があるという観点から、日本ではガイドラインが整理されていないため未承認です」
(後編につづく)
※週刊ポスト2022年3月11日号