ウメが生きたのが戦国時代後期から江戸時代にかけてという設定が絶妙だ。その時期、石見銀山を取り巻く環境が大きく変わる。
「銀掘りの技術や構造が変わるタイミングを書きたかったので。江戸幕府のシステマチックなやり方は、現代にも通じるものがあります。喜兵衛と隼人では、銀の掘り方が違う。尊敬していた男のやり方が通用しなくなるのを見るウメの悲しみも書きたかったことですね」
直木賞選考委員の宮部みゆきさんは「土と血の匂いがしてくるような筆力を存分にふるった、千早さんにしか書けない世界」と『しろがねの葉』を評した。
「うれしいです。ほかの作品も、匂いなどの感覚は重視して書いているけど、今回は特に闇の世界を書いているので、視覚情報以外のものをたくさん入れないといけないなと思って書きました」
何か気になることがあると必ずメモを取るそうで、取材を受ける間もメモ帳を手元に置き、何かあると書きつけていた。石見の取材でも、間歩跡に入った時に感じた匂いや肌触りを細かくメモに残し、自分の脳内に闇を再現して言語化していったそうだ。
「光に背を向け、暗い穴に入って命を縮めて銀を掘って。人はなぜ生きるんだろう。好きな人を3人看取って、つらい思いをして、なぜ生きるんだろう。たぶん私は、最初に疑問があって、その答えを知りたくて小説を書いているんだと思います」
直木賞はこれまでに2度、候補になっている。選考会の前の日、トイレットペーパーなどのストック類の在庫を確認し、鍋を磨いて常備菜をつくり、大鍋にスープを仕込み、風呂の排水口を掃除し、確定申告の書類をそろえた、と聞いて驚いた。
「私、日常のルーティンが狂うのがとにかく苦手なんです。何が起きてもご飯が食べられて平和に暮らせる状態にしたから大丈夫、と思ったんですけど、当日、具合悪くなってしまって。こんなに準備しても、自分の体の具合が悪くなるんだったらダメじゃん、と思いましたね」
【プロフィール】
千早茜(ちはや・あかね)さん/1979年北海道生まれ。2008年『魚神』で小説すばる新人賞を受賞し作家デビュー。同作は2009年に泉鏡花文学賞も受賞。2013年『あとかた』で島清恋愛文学賞を、2021年『透明な夜の香り』で渡辺淳一文学賞を、本作で直木賞を受賞した。ほかの著書に『男ともだち』『西洋菓子店プティ・フール』や、食エッセイ「わるい食べもの」シリーズ、クリープハイプ・尾崎世界観さんとの共著『犬も食わない』、新井見枝香さんとの共著『胃が合うふたり』などがある。
取材・構成/佐久間文子
※女性セブン2023年2月23日号