これはもとより現代医療の否定ではない。穏やかに死ぬためには、痛みをコントロールする必要がある。「生活のリズムをこわさない高価なステロイド」などを使うことが必要とされる場合もある。訪問診療医の、最先端の知識と人間としての力、丁寧な対応が必要なのである。これらは、現代の医療を究め、そして、戻ってきた、つまり往還する医師だけができることだ。“病院の役割は「病気を治すこと」、在宅医療の役割は「笑顔で暮らせるように支えること」”である、と小笠原先生は言う。本書の「介護の負担を減らす10か条」のなんと見事なことだろう。最先端をみた人にしか、書けない。
この本を読んで、このように死にたい、と思う人が増えるだろう。とても良いことだ。このように看取りたい、と思う人も増えるであろう。それも良いことだ。しかしなによりすばらしいことは、小笠原先生みたいになりたい、と思い、現代医学の「往還の道」を、自らの意思でたどろうとする次世代の医師たちが増えることである。自宅での静かな看取りは現代医学の否定ではない。現代医学を究めた先から、意図と技術と本来の意味での最新の薬を携え、往還することなのである。見事な往還する医師、小笠原先生の言葉よ、全ての逝く人と看取る人に、届け。
【評者プロフィール】
三砂ちづる(みさご・ちづる)/1958年山口県生まれ。津田塾大学学芸学部教授・作家。女性の身体性、性と生殖、育児などを研究。著書に『自分と他人の許し方、あるいは愛し方』『女に産土はいらない』『ケアリング・ストーリー』のほか、夫を自宅で看取るまでを綴った『死にゆく人のかたわらで ガンの夫を家で看取った二年二カ月』がある。
※女性セブン2023年3月30日・4月6日号