日本人の血圧は低すぎる
しかし、前出の大脇さんは「減塩によって病気を防げるというはっきりしたデータはありません」としたうえで、高血圧の基準に疑問を呈する。
「高血圧は従来、家庭用の血圧計で測定した場合は135/85mmHg以上、診察室での測定では140/90mmHg以上と定義されています。
最近はもっと下げた方がいいというデータが出てきて基準値も微妙に変わっていますが、私は140を目安にしています。特に70才、80才を過ぎた場合は、血圧を下げようと降圧剤を服用すると、副作用でふらつき・転倒などを起こす危険を考えます。減塩は効果がはっきりしないうえに生活を台無しにするので私からすすめることはありません」
山口さんも世代を問わない一律の基準に懐疑的だ。
「かつて、血圧は『年齢プラス90』、つまり60才なら150がひとつの基準でした。そもそも年を取れば血圧が上がるのは当たり前です。人間は加齢とともに自然と動脈硬化が進むため、ある程度の血圧がないと毛細血管まで充分に血が巡らなくなってしまう。
むしろ、年齢とともに上がってきた血圧を無理やり下げすぎると、毛細血管まで血が巡らない影響で細胞に酸素や必要な栄養が届かず、認知症や狭心症が発生しやすくなる可能性があります」
すでに日本人の血圧は下がり続けてきた。特に高齢者の場合はそうだ。
「この60年近く、50代から70代の日本人の平均血圧はずっと右肩下がりです。それなのにこれほどまでに高血圧が問題視され、患者数が増えているのは、正常血圧の基準値の下がるスピードが、日本人の血圧が下がるスピードを上回っているから。基準値の異様なまでの低下が、高血圧の人を“生み出している”ともいえます」(山口さん・以下同)
実際に、血圧が140の場合、いまの基準なら高血圧だが、何年か前の基準では充分に「正常」の範囲内だ。高血圧が身近な話題であり続けているのは、こうして基準が下がっていることも大きな要因だろう。
塩分が足りずに脳機能障害に
血圧を上げ、万病のもとになると、悪者扱いされてきた塩分。しかし、最新の医学では、そうした事実が見直され始めている。
「2021年にヨーロッパの学会で、『塩分の摂取が少ないと寿命が縮まる』という衝撃的な報告がなされました。塩分摂取量が6g以下になると健康寿命が短く、死亡者数が多くなり、少なければ少ないほど、その傾向が強くなるというものです。また、ベトナムの研究(2018年)では、食塩の摂取量と血圧の数値に関連性はないデータが出ています」
WHOが示す5gや、日本人の目標とされる数値に疑問が生じる研究や調査結果が次々と発表される中で、山口さんはすでに日本人は、塩分摂取量をかつての17~20gから半減させており、これ以上の減塩には意味はないと指摘する。
山口さんによると、一般的な減塩で血圧が下がる人は全体の2~3割だという。
むしろ、過度な減塩は体に健康どころか悪影響をもたらすこともある。
「塩は化学用語で表現すると塩化ナトリウムですが、高齢者は、ホルモンバランスの関係で血中のナトリウムが少ない『低ナトリウム血症』になりやすくなります。普段から減塩に気をつけている人が、気づいたら重症の低ナトリウム血症になっていたケースも見たことがあります」(大脇さん)