人がよく作る料理、思い出の料理には、必ず何かしらの物語があると思っています。私にとって、それは義母から教わった豚汁です。かつおだしに、大根と人参の短冊、豚肉を入れ、広島の白みそで煮込んだもので、結婚前のご挨拶に伺ったときに初めて食べさせていただきました。一見ホワイトシチューのような白みその豚汁が、食べてみたらびっくりするほど美味しかったんです。それから36年以上ずっと作り続けていて、我が家の定番の味となり、家族の“芯”となる味になりました。
夫から「お母さんの味を超えたね」と言われたときの喜びは忘れられません。でもなぜか、初めて食べたときの味には、どうしてもならないんですよ。多分、そのときの緊張感や食べた瞬間の感激、様々な思い出が味に入っていて、より美味しい記憶になっているのでしょう。話は戻りますが、リコちゃんたちにとって、栗きんとんはそんな料理になるだろうと思いました。
『トラとミケ』には、そうやって登場人物たちの記憶をよみがえらせてくれる料理がたくさん登場します。冬乃さんはあさりの酒蒸しを見て、亡き夫がよく作ってくれていたことを思い出していました。そんな冬乃さんも、最後には、同じく伴侶に先立たれたシンちゃんと結ばれて、一緒に生きていく。
この作品では最後はみな結ばれていましたね。結局みんなひとりじゃない。助け合って生きていく。夫婦のどちらかが亡くなっても居酒屋に行けば仲間がいる。漫画を読み終えると、私も家の中でじっとしていないで、ちょっと外に出たくなりました。近所の居酒屋に行けば、誰かしらに会えますから。
【プロフィール】
藤井恵さん(ふじい・めぐみ)/1966年生まれ。料理研究家、管理栄養士。NHK「きょうの料理」など多くの料理番組で活躍している。家庭で作りやすいレシピに定評がある。2人の子は独立し、現在は夫婦2人暮らし。『THE 藤井定食』など著書多数。
※女性セブン2023年9月28日号