「例えば花粉症になるとつらいからと抗ヒスタミン剤をのむ人が多いわけですが、ずっと抗ヒスタミン剤をのみ続けていると、人間の免疫システムはその状況を乗り越えようとして花粉に敏感な体質になることもあるのです。
花粉症の抜本的な解決を目指すのであれば、都市生活そのものや戦後の森林政策で広葉樹から杉へ変えたことなど、複合的な要因から見直す必要があります。それをわかっていながらも、目先の“くしゃみ”というソリューションを解決するために、しんどいときは薬をのんでしまうのですが……」
そうした動的平衡に基づく生命観は、坂本さんも強く賛同していたという。死についても「個体が死ぬことは、その個体が占有していた空間や時間、あるいは資源を新たな生命体に手渡す利他的な行為だ」と2人で大いに語ったこともある。
「ただ、生物学者として死ぬことをそうとらえている一方で、坂本さんともっと話したかった、ニューヨークのバーで飲み明かしたかったのに、と気持ちが整理できない苦しさを感じることも事実です。
身近な人の死をどういうふうに受け止めたらいいか、科学では答えることができない。 だけど、こうして『科学には限界がある』と知っていることこそが、科学者として大事なことであるとも思うんです」
福岡さんは2025年の大阪・関西万博のプロデューサーとして、「いのち動的平衡館」パビリオンを担当する。
「生命の有限性や、連鎖の無限性、そしてわれわれはどこからきてどこへいくのかなど、“考えること”そのものの大切さを、いまの世の中で改めてみなさんと考えてみたいと思っています」
坂本さんと分かち合ったフィロソフィーを伝えるべく、福岡さんは今日もまたひとり山を登っている。
【プロフィール】
福岡伸一(ふくおか・しんいち)/1959年東京生まれ。ハーバード大学研修員などを経て、現在、青山学院大学教授・米国ロックフェラー大学客員教授。『生物と無生物のあいだ』や、『動的平衡』シリーズなど、“生命とは何か”を改めて問う著作が人気に。
※女性セブン2023年10月26日号