一方、今オフの交渉でも名乗りをあげたジャイアンツは二次選考に残った。交渉には当時のブルース・ボウチー監督と主力選手のバスター・ポージー捕手が同席し、「先発投手をしながら外野も守り、年間300~400打席に立つ。指名打者制度のないナ・リーグのため、外野手として80試合程度の出場を考えている」と具体的なプランを提示したとされている。
「日本で二刀流を成功させた大谷は、メジャーでの二刀流挑戦にも本気でした。ヤンキースのような名門球団では1年目から結果を求められ、投打どちらかに専念させられることを懸念していたとされます」(同前)
「練習施設を視察」の意味
今オフの交渉では、大谷の契約が史上最高額の10年総額6億ドル(約900億円)にのぼると騒がれたが、興味深いのは大谷本人がそうした金額に関心を示さないことだ。
「2017年の交渉時にヤンキースは、年俸300万ドル(当時のレートで約3億3000万円)の契約金を提示したとされます。一方、エンゼルスとの契約は231万5000ドル(約2億6000万円)で、二次選考に残った球団には30万ドル(約3300万円)程度しか用意がないところもありました。金額が決め手ではないことの証左です」(同前)
元日本ハムで、ドラフト4位で大谷と同期入団した宇佐美塁大氏はこんなエピソードを明かす。
「翔平がメジャー挑戦を決めた2017年オフ、僕は戦力外通告を受けました。食事に行くタクシーの中で“メジャーに行くの?”と聞くと、“たぶん行くよ”と言っていた。その時、翔平は右足首の怪我で万全じゃなく、年俸を考えると1年待つこともできたので、“本当に行くの?”と改めて聞くと、“そういうのは関係なく、行きたい時に行くんだ”と言いました。かっこいいな、と思いましたよ」
同じく元同僚である新垣氏もこう話す。
「2017年オフ、右足首の手術の後に病室に見舞いに行ったら、翔平は足を固定して動けない状態で、ずっとメジャーの試合を観ていた。常に野球のことしか頭にないし、自分がやりたい野球ができる環境を選んできたのだと思います」