それでも施設長、ずいぶん貰えているな、と思う人もいるかもしれないが、家庭を持っている人からすれば、まして現代の日本で決して満足な額ではないことはわかるはずだ。
「逆に聞きたいですけど、手取りで200万円くらいの人って私の業界含めて結構いると思うんですけど、どうやって食べてるんですかね、田舎で実家住まいで親も元気でお金がかからないならいいですけど、そうでない人ってどうしているんですかね。とくに家庭持ちとか」
お金のかからない自己満足の世界ばかりにいる
人それぞれだが、手取りが「200万円後半」という埼玉県北部で店舗販売員(契約社員)をしている50代男性に話をしていただく。
「この通り古いですが独身で親の残してくれた実家があるのでなんとかやっていけます。家賃を払ってじゃ無理ですね。まあ、昭和の好景気の残骸に助けられているようなものです」
大学を出て、いろいろあって現在に至る彼だが、令和の増税と社会保険料の上昇、そして昨今の物価高は本当に厳しいと話す。それにしても古い昭和時代に建てられた家を「昭和の景気の残骸」とは至言に思う。
「無料で遊べるゲームばかりしています。あとは古いデジカメで写真を撮ったり、とにかくお金のかからない自己満足の世界にいます。結婚はしたいですけどこれからとなると難しいでしょうね。使えるお金がどうとかの次元じゃなくてすいません。でも家があるだけまし、そう思ってます。売るにしても、まったく値段がつかない土地というわけでもないですし」
確かに埼玉県に家があるというのは大きいように思う。賃貸で5万円だの10万円だの毎月消えることを考えれば大きい。駐車場代もかからない。都心に出るにも1時間程度だ。都市部に人口が集中する時代だからこそ、都市部やその近郊に親の持ち家という「親ガチャ」もまた有効となってくるのかもしれない。修繕だなんだと言っても、なにもないより遥かにマシだ。
中間層の定義は様々だが国税庁の民間給与実態調査を見ても、中間層はおおよそ年収300万円から600万円までのボリュームゾーンとされる。そうした中間層が中の上から下位に、もしくは中間層から脱落する。それを出来得る限りなんとかするのも政治の仕事だが、彼ら政治家もまた自分とその一族の逃げ切りで精一杯のように感じる。なんでも政治のせいにするなと言う向きもあるが失われた30年、やはり政治が決めてきたことの結果なのだ。
ちなみにいまの政治が役に立たないことは、本稿すべての方々の総意であった。選挙で変えるべき、それではよくないということはみなわかっていても、個々人の現実はそういうことだ。現に中間層の使えるお金が大なり小なり、過去に比べても多くがみな減っている。まして30年間失われたままに、あらゆる「昭和の景気の残骸」で食いつないでいる。