ナイチンゲールは戦地に赴き、統計学を看護に生かすなど、たくさんの功績をあげた。一方で彼女が神格化された背景には、イギリス政府の失策を隠すねらいもあった。
「ナイチンゲールに限らず、評伝書くときって、偉人伝にしてはだめだなって思うんです。大杉栄の評伝を書くときも、一緒にいたら楽しいお兄ちゃんだったんじゃないかって、常に同じ土俵に戻して書いていました。目指すべき理想、みたいな物語を壊す物語として一人の人生を書きたいので」
過剰に神格化される一方で、ナイチンゲールは精神を病んでいた、とするストレイチーのような伝記も彼女の没後に発表されている。
「マイナスにとらえるかポジティブなイメージを持つかの違いで、実際、ある種の狂気みたいなものは持っていたと思うんです。当たり前とか常識とか、何が正しくて何が間違っているとか、他人が決めた尺度を軽々飛び越えて生きる人だから」
ナイチンゲールに書かされたイメージ
当時、看護師という仕事は上流階級の女性がつくものではないと考えられていた。そんななかで神の声を聞いたナイチンゲールは看護師としてクリミア戦争の前線に赴き、必要とあらば軍の倉庫から物資を持ち出したりもする。「白衣の天使」は「ハンマーを持った天使」でもあったとする描写のあたりは、著者が乗りに乗って書いているのがわかる。
ちなみに「白衣」だったわけでもなく、肖像画に残るナイチンゲール像は「黒衣」を着ていることも本書では確認される。
ナイチンゲールはとんでもなく裕福な家庭の出身で、時には自腹で豪快に物資を調達したこともあったというのも意外といえば意外だ。
「ぼくはよく、働かないでたらふく食べたいとか、要するに金に振り回されるなと言うんですけど、ナイチンゲールぐらい金持ちだと最初から損得勘定なんかに振り回されない」
創意工夫に富み、配膳用エレベーターやナースコールを発明したのもナイチンゲールなのだとか。そんな彼女の周りには、ガスコンロを発明した料理人のソワイエをはじめジャンルの異なる協力者が次々登場するのも読んでいて面白い。