「村で建設中の産院がテロの襲撃を受けた」―マリの厳しい現実
「2023年6月、マリの現地スタッフから突然電話がありました。『ムラカミ、ブラジュ村で建設中の産院がイスラム過激派に破壊された。左官も村長も殺された』。耳を疑うような恐ろしい内容でした」。村上さんは今のマリの厳しい現状について語る。その後のスタッフからの報告では、今も危険な状況は続き、村では農作業もできず、村人たちは知人を頼って逃げているとのことだ。
マリは2017年以降、イスラム過激派組織によるテロや襲撃事件が多発し、とうとうカラの活動地域も標的とされ、完成間近の産院が襲撃を受けた。イスラム過激派の言い分はこうだ。「モスク(イスラム教の寺院)以外は建設してはダメだ」。
サコさんは、マリの首都バマコに住む家族とも連絡を取り合っているなか、「マリは現在、暫定政府で選挙がいつできるかまだわからない。さまざまな外的要因も関わって、とても難しい状況。イスラム過激派もいったい何を求めているのかもわからない」と言う。ただ、そのようななかでも村の人たちはそこで生きていかなくてはならない。継続的な支援が必要だ。「マリの人たちは村上さんを待っています」と力を込めた。
「物が壊れても、村の人々は自分たちで木や野菜を植えて生活していくという方法を、もうすでに知っています」と村上さんは述べる。特に女性たちは、縫製品や野菜の販売で自ら稼ぐ力を培い、強くなった。女性のパワーこそ社会をつくる。村上さんは今、マリの人たちが自ら再興する力を信じて、後方支援に向けて奔走している。状況が改善すれば、また現地にも赴く予定だ。マリでの挑戦は、まだまだ終わらない。
【プロフィール】
村上一枝(むらかみ・かずえ)/任意団体カラ西アフリカ農村自立協力会代表、日本歯科大学名誉博士。1940年北海道生まれ、岩手県育ち。日本歯科大学東京校卒業後、勤務歯科医を経て新潟に小児歯科医院を開業。1989年開業医を辞し単身、ボランティアとして西アフリカのマリ共和国へ渡る。支援活動を行う農村地域に居住し、村民と共に自立活動に従事する。30年以上に及ぶマリの農村地域の生活向上と人材育成への尽力に対し、2020年ノーベル平和賞ノミネートほか受賞歴多数。