「まだおじいちゃんにはなっていない」
先達である高嶋を前にして、西谷がブラフを言い放つ必要などない。今年の投手陣には自信を持っているものの、神宮大会では整備が整わなかったということなのだろう。実際、センバツ1回戦の北海戦ではエースの平嶋桂知が149キロを記録した直球やフォークボールを武器に7回1失点の好投を見せ、2年生の中野大虎、3年生の南陽人とつないで7対1で勝利。他にも怪物2年生の森陽樹や中学時代に関西硬式野球で有名だった川上笈一郎ら右の豪腕が揃う。雨の影響で過密日程となった今年のセンバツにおいて、西谷は球数制限など気にせず惜しみなく投手陣を投入していくはずであり、大会前も現時点でも優勝候補筆頭なのは間違いない。
西谷にとって、高嶋との付き合いは20年以上になる。野球指導者としての高嶋の印象は、若き日に聞いた「やれるまでやる」の言葉に集約されると西谷は言う。
「高嶋先生は入学したばかりの1年生にも、マシンをプレートよりも前に設置して、150キロから160キロの剛速球を打たせるといいますよね。『そんなん打てるんですか?』と訊くと、『打てるまでやるんよ』と(笑)。100回、200回空振りしても、ボールに当てられるようになるまで打席に立たせる。やれるまでやるをご自身も貫いてらっしゃいます。また、勝負に対する執念がものすごく、先輩に使う言葉としては失礼かも知れませんが、いくつになられても負けず嫌い。すごいなあと思います」
もちろん、高校生に技術指導する上では、厳しい言葉を投げかけ、猛練習を課すだけが指導ではない。西谷は自身の指導論をこう語る。
「『待つ』時もあるし、『一緒にやる』時もある。選手ひとりひとり、個性が違いますし、学年によっても指導方法に違いがある。選手は常に15歳から18歳と変わりませんが、私の指導は20代、30代、40代、そして50代の現在ではやり方が違う。体が動かなくなってきているし、選手の僕を見る目も変わってきている。寮で過ごし、毎日一緒にお風呂に入っていた昔は兄貴を見るようだったのに、現在は父親を見るような感じ。まだおじいちゃんにはなっていないと思いますが(笑)。毎日壁にぶち当たって、毎日悩んでいます」
新記録の樹立に対する興味は西谷の心中にはみじんもなく、今は2回戦の相手である神村学園のことしか頭にないだろう。新記録となる69勝目を挙げたところで、西谷の頭はすぐに準々決勝の戦いに切り替わるだけだ。(文中敬称略)
◆取材・文/柳川悠二(やながわ・ゆうじ) 1976年、宮崎県生まれ。ノンフィクションライター。法政大学在学中からスポーツ取材を開始し、主にスポーツ総合誌、週刊誌に寄稿。2016年に『永遠のPL学園』で第23回小学館ノンフィクション大賞を受賞。他の著書に『甲子園と令和の怪物』がある。