年が明けて1973年1月29日発売の平凡パンチに麻田奈美は初登場し、同誌は100万部を突破。リンゴを両手で持ち、カメラを睨みつける麻田さんの「林檎ヌード」は3月12日発売号に掲載され、150万部に迫る大ヒットとなった。
「当時も『知らない自分が写っている』と思いましたが、いま写真を見返してみても、とても自分とは思えないんです。街で声をかけられることもほとんどなかったので、皆さんに見ていただいている感覚はほとんどありませんでした」(麻田さん)
本人の実感をよそに、麻田奈美ブームはさらに盛り上がっていく。青柳さんによれば、「編集部は毎月でも撮影してくれと要望した」という。
同年4月には、1か月かけてブラジル、パラグアイでのロケに出た。麻田さんにとって初めての海外である。
「印象に残っているのは、ブラジルのコパカバーナビーチやサンパウロ市街での撮影です。当時、青柳さんは結婚されたばかりで、その相手が私だと思い込んだ現地新聞社の社長さんが、ダイヤモンドの結婚指輪をプレゼントしてくれたんです。青柳さんには撮影時に髪を直す時以外、指一本触れられたことはないのに(笑)。この指輪は奥様が持つべきものだと思い、青柳さんにお渡ししました」(麻田さん)
もともと内気な性格を心配した母親からモデルになることをすすめられた麻田さんだったが、このブラジルロケで海外を旅する楽しさに目覚め、一人旅に挑戦した。
「横浜港から船に乗ってナホトカ港に行き、シベリア鉄道でヨーロッパに渡る3か月の旅に出ました。船旅の道中に船長さんが麻田奈美だと気づいて、特別室を用意してくれたこともありました(笑)。撮影を経験してから、内向的な性格が変わって自分でも驚きました」(麻田さん)
撮影されるたびに麻田さんの写真は平凡パンチに掲載され、人気はとどまるところを知らなかった。
【後編につづく】