「お客さんがなかなかつかない女の子に、店側が”海外へ行ってみないか”と斡旋することもあったし、お店の女の子たちが丸ごと、香港やマカオに連れて行かれるパターンもありました。だから、女の子も海外で仕事をすることを知っていたし、それが人身売買に他
ならないこともわかっていました」(神田さん)
ところが、中国経済の勢いが以前と比較して緩やかになり、さらに円安傾向が強まるに連れて、出稼ぎ先はオーストラリアに、そして北米へと移行していった。
「実は、香港にいる時に、オーストラリアやアメリカへ行かないかとスカウトから誘われたことがあります。なぜその二カ国だったかというと、現地に中国系の大規模な反社会組織があり、私の雇い主の口利きが効くから、ということでした。」(神田さん)
北米では、中国系や韓国系が経営する「マッサージパーラー」と呼ばれる実質的な売春宿が昔からあり、それらの屋号には「ゲイシャ」とか「ナゴヤ」といった、日本風の名前がつけられていた。もちろん、そこで働いていた女性のほとんどが中国人や韓国人であり、いわば「日本人になりすましていた」わけだが、当時から客からは日本人女性へのニーズが高かったという事情もあった。
かつての体験を語ってくれた神田さんが今、一番危険だと感じているのは、自身のような「プロ」ではない女性が、軽々しく”海外出稼ぎ”に興味を持ち、渡航してしまっている現状だ。
「今、路上に立ち客を取る若い女性の”立ちんぼ”が話題になっていますが、日本は海外に比べても本当に治安がよく、立ちんぼでも風俗でも、ある意味安全に体を売ることができる。その感覚で、海外ではもっと稼げる、月に何百万も稼ぐことだって可能と吹き込まれて実際に海外へ行くと、殴られたり薬を飲まされたり、日本では考えられなかったような危機と直面します。そこで絶望しても逃げ道はなく、体が壊れ、精神が崩壊するまで客の奴隷に成り下がるしかない」(神田さん)
実際、SNSには今回摘発された業者と同様の”海外出稼ぎ”を斡旋するような書き込みが散見され、月に何百万円も稼げた、などという口コミも投稿されている。しかし、本当に稼ぐことができているのはごく一部であり、ほとんどの女性が事前に説明された通りの
待遇は受けられず、考えてもいなかった、意に沿わぬ仕事を強要されるのだという。
「SNSの勧誘は、ほとんど嘘と思っていい。実際に稼ぐことができたという書き込みも、おそらく業者による自作自演でしょう。日本国内の風俗スカウトも同じような手を使います。彼らは結局、私たちを海外に売り飛ばせば金が入るので、私たちの身の安全などハナから考えていないんです」(神田さん)
かつては「プロ」しか行かなかった出稼ぎだが、SNSを使って斡旋する事業者や個人が増え、今では風俗業未経験者が安易な気持ちで海外へ行く例もあるという。本来であれば、コソコソせざるを得なかった出稼ぎが、極めて気軽にできるような雰囲気が出来上がってしまっている。
もちろん、国によってはその”出稼ぎ仕事”が合法の国もあるし、言ってしまえば体を売ることだって女性の自由ではある。しかし、悪質な斡旋事業者の口車に乗ったことで、命の危険に晒される、という事例は少なくない。円安だからといって自ら身を危険に投じてはいけない。最終的に損をして、決して消えない心身の傷を負うのは、女性自身なのだ。