切り取りと言われるのは不本意なので、発言の1日、翌2日、そして5日の会見、10日の辞職の10日間の発言を書き出す。
まず4月1日、重なる部分もあるが、発端。
〈県庁というのは、別の言葉で言うとシンクタンクです。えー、毎日毎日野菜を売ったり、あるいは、牛の世話をしたりとか、あるいは、物を作ったりということと違ってですね、基本的に、その、皆様方は頭脳、知性の高い人たちです〉
4月2日、同年6月を以て辞職の意向。
〈職業差別は皆無です。職業に貴せんはないというのは基本的な考え方です。新規職員として入庁した方々への歓迎と励ましのことばが、何か問題発言があったかのごとき状況になって 本当に驚いています〉
〈公務員として人の役に立つようなことを考えなくてはいけない、しっかり知性を磨いてくださいという意味のことを言った。県知事になり、どの職業の方たちも大切で、県民すべてが大切であるということでやってきたので、もし不愉快な思いをされた方がいれば誠に申し訳なく思います〉
4月3日の会見。
〈意図せざる形で人が傷ついてると、県議会の皆様方の、県民の方々のご指摘によって知った。ここは大きく反省すべきことだ〉
〈言葉のあや、不十分な表現が、針小棒大な形で批判に結びついてっていう面もあるので。直に話せば分かるというぐらいなんですけども、実際上、難しいのでですね、傷ついた人には申し訳ないという気持ちがございます〉
〈傷つけたことについては、私の心も傷ついていますので、申し訳ないと思っています〉
〈(撤回しないのかの記者の問いに)そうです〉
この段階では撤回を否定していた。しかし辞職を6月(6月19日)にしたことで発言への批判だけでなく、国家公務員(知事等特別職含む)のボーナス(期末手当および勤勉手当、本稿では便宜上「ボーナス」とする)支給日の基準が6月1日ということで、一部から「ボーナス満額もらうため」という見方をされてしまった。記者にボーナスについて問われ〈自然体でいきたい。そういうことは全く考えていない〉と曖昧な受け答えをしてしまったこともまずかった。また翌4月4日には川勝知事の支持団体である〈物を作ったり〉のスズキ、鈴木修相談役に面会している。