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震災で海中遺体捜索潜水士 「充分給料もらっている手当不要」

 東日本大震災では海中の遺体の多くを海上保安庁が捜索した。海保の捜索によって発見した遺体は395体。うち52体は潜水士が発見した(3月5日現在)。

 海上保安庁第2管区宮城海上保安部の巡視船「くりこま」で主計課に属する菅原久克2等海上保安士は、震災直前に潜水士の資格を得たばかり。宮城県登米市の出身で自宅が半壊しており、自身も被災者だ。彼は、気仙沼湾の捜索へと向かうヘリコプターから見た地元・宮城の景色が忘れられないと言う。

「テレビでも被災状況は見ていましたが、上空から見て、知っている町がすべてなくなっている。やはりショックでした。『自分にできることは潜水捜索しかない』と自分自身に言い聞かせ、やるべきことに集中するようにしました。

 しかし、いざ海の中に潜ると、さらに異様な世界が広がっていました。海の中に家がある、町がそのままあるんです。訓練とは異なって海中にありとあらゆるものが漂っている。場所によっては視界が悪く、腕時計を見るのもやっとという状況で捜索しました」

 しかし、「見つけてあげられるのは自分たちしかいない」「ひとりでも多く見つけたい」と頑張っても、なかなか行方不明者は見つからない。手探りの捜索の中、徐々に焦りが募った。

 潜水士歴17年、「くりこま」の機関科主任を務める藤田伸樹3等海上保安正が当時を振り返って言う。

「当初は津波がどのように来て、引いたか状況がわからず、海上を漂流する行方不明者は見つかっても、潜水ではなかなか見つかりませんでした。というのも、波が引く際に海中の瓦礫に埋まって潰されてしまったり、網に絡まってしまっていることから浮き上がらない。さらに、水深の深い場所では水圧がかかって浮き上がらないんです」

 過酷な現場が続いたが、「くりこま」潜水班は、その後の行方不明者捜索で次々と不明者を発見、収容していった。その陰には執念とも言うべき潜水士魂があった。藤田3等保安正が言う。

「休日には七ヶ浜、牡鹿半島、唐桑半島、南三陸、気仙沼と、炊き出しの手伝いなど、ボランティアで回りました」

 この「ボランティア」は、各地を回って知り合いの安否を確かめたかったのと、「派遣で来ている『同業者』に会えないか」という狙いがあった。

 というのも、捜索に向かっても、予定海域が濁っていては無駄足になってしまうからだ。そこで実地偵察として、被害の大きかった地域を中心に自家用車で回って、「仲間から情報を集め、水の状態を見て、どのような捜索手法が有効か下調べをしていた」のだと言う。

 この実地偵察が功を奏した。

「藤田班長に『ここ潜るぞ』と言われて、潜ると確かに行方不明者が見つかるんです」(菅原2等保安士)

 最終的に「くりこま」潜水班は、50名以上の行方不明者を発見し、遺体を収容したのだった。

 しかし、藤田3等保安正の内側には葛藤と言うべきものがあった。

「たとえば海難事故はゴールがあるんです。人命救助という観点からは通常3日を全力で捜索することとなります。その間は興奮と緊張を使い分けて、部下にはアメとムチを使い分けて怪我をさせないように作業を進める。しかし、今回は『1体発見』できたとしても、それがゴールじゃない。そこが難しかった」(藤田3等保安正)

 莫大な犠牲者を前に「終わりがない」ことから、部下に達成目標を示すことができない。そんな中で「くりこま」潜水班を支えたのは、「自分たちの仕事は潜水捜索しかない。そして自分たちの地元を、人を助けたい」ただその一念だったと言う。

 震災から9か月後の12月に大修理を終えた「くりこま」はドックから戻り、現場復帰した。船に戻った隊員たちは今も極寒の海中で行方不明者の捜索にあたっている。

「くりこま」潜水班では年が明けてからの行方不明者の発見はなかったという。しかし、海上保安庁の他の巡視船の潜水班や、全国から駆けつけた応援潜水士も捜索にあたっており、つい先日も宮城県沖で人骨が回収された。

 海上保安庁では「著しく損傷した遺体の取り扱いで1日に1000円」「深度20mの潜水で340円」といった手当が支給されているが「今までも充分給料をもらっているし、手当はいらない。ただ潜っていたい」と2人は言う。その気持ちの裏側にあるものを藤田3等保安正は語る。

「海保の捜索は、陸の警察とは異なる部分があります。例えば陸での事故と違って、海難事故で漂流している漁船だけが見つかり、乗り組んでいた『爺ちゃん』がいないとなっても、保険の認定というのは下りないんです。

 時間をかけて死亡認定が取れたとしても、その認定が下りるまで保険の掛け金を払い続けることとなる。どう見ても『海に落ちて死んだ』という状況でも、しっかりと遺体を見つけて家族のもとに帰してあげることで、残された家族を助けることができる。これも『人命救助』だという想いがあります」

 そして新米潜水士だった菅原2等保安士は通常は訓練を含めて年間30回程度という潜水を、この1年間でチームとして200回近く行なった。潜水士への憧れは誇りに変わり、海上保安庁の最難関であり、人命救助のエキスパート部隊である「海猿」特殊救難隊に志願したという。

 今日も東北の海で海上保安官たちの懸命な捜索が続けられている。

※SAPIO2012年4月4日号

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