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金正恩が葦毛の馬に乗る理由 白馬に乗る父親への遠慮との指摘

 北朝鮮の人工衛星打ち上げは大失敗に終わったが、金正恩体制は次々と新たな動きを見せている。最高司令官の金正恩が、党第一書記と国防委第一委員長に就任し、初めて22分間にわたる演説で肉声を公開した。そのスタイルは祖父・金日成のように、国民に語りかけるというもの。父や祖父を想起させるのは常套手段だ。ジャーナリストの惠谷治氏が、金王朝3代の世襲と密接に関係する「白馬」の意味を読み解く。

 * * *
 金正日の急死から4か月足らずで、金正恩は父親の肩書を“永久欠番”にしながらも、実質的にすべての権力を継承し、完全な後継体制に移行した。実は、こうした権力継承と関連する、重要な映像が今年冒頭に公表されていた。

 金正恩の29歳の誕生日だった去る1月8日、朝鮮中央テレビは『白頭の先軍革命偉業を継承されて』という特別番組で、金正恩の軍部隊視察などを記録した映像を放映した。

 その記録映画の冒頭、乗馬姿の金正恩が登場。カメラの前で疾走する場面が映し出され、その後、軽戦車に乗る姿や、戦闘機のコックピットを覗き込む姿が紹介された。

 金正恩の乗馬シーンを見た私は、既視感に襲われた。かつて金正日も同じように、馬で疾走する姿が、テレビ画面で紹介されたことがあったからである。

 ただし、金正日が乗っていたのは白馬で、金正恩は葦毛(灰色のまだら毛)の馬だった。金正恩の乗馬姿は、金正日がまだ健在だった時に撮影されたもので、金正恩は父親に遠慮して、白馬に乗らなかったと思われる。

 というのも、北朝鮮において「白馬」は特別な意味を持っているからだ。それは3代目世襲とも密接な関係がある。

 朝鮮半島が日本の植民地だった1920年代、「キム・イルソン将軍」の英雄伝説が朝鮮民衆の間に広まった。英雄キム・イルソン将軍は朝鮮の独立を目指し、白頭山を根拠地として、白馬にまたがり東奔西走し、日本軍と戦っていると民衆は信じていた。

 祖国を離れ「脱北」した金成柱少年は、満洲において英雄伝説にあやかりキム・イルソン(金日成)という変名で、中国共産党に入党した。中共抗日パルチザンたちは日満軍警の掃討戦に追われ、ソ連極東部に脱出。その逃避行の途上で、金日成は炊事隊員だった金正淑と、急いで簡素な結婚式をあげた。

 16人の金日成部隊がソ満国境を越え、ヴォロシロフ(現ウスリスク)の兵営に到着した直後の1941年(42ではない)2月16日、金正淑は金正日を産んだ。

 大東亜戦争終結後、ソ連占領軍とともに朝鮮に帰還した33歳の金日成は、キム・イルソン伝説を剽窃し、ソ連軍の威光を背景に権力基盤を強化。自分の正体を知る者を次々と粛清し、独裁体制を確立した。この“金氏朝鮮”の成立経緯を知れば、朝鮮人民軍最高司令官は「白馬の将軍」でなければならないことがわかる。

 金正恩が乗っていた「葦毛の馬」は、成長するに従って毛色が徐々に白くなり、やがて白馬に変わる。金正恩もいずれ3代目の最高司令官となり、「白馬の将軍」として疾走する日を夢見ていたに違いない。しかし、その日が予想外に早かったというのが、金正恩の本心ではなかろうか。

※SAPIO2012年5月5・16日号

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