ライフ

水木しげる 初対面の編集者に「もう殺されますよ」連発した

 松田哲夫氏は1947年生まれ。編集者(元筑摩書房専務取締役)。書評家。浅田彰『逃走論』、赤瀬川源平『老人力』などの話題作を編集。1996年に TBS系テレビ『王様のブランチ』本コーナーのコメンテーターになり12年半務めた松田氏が、「使い走りで原稿を取りに行った」という水木しげる氏の想い出を語る。

 * * *
 世に奇人は山ほどいるが、水木さんをしのぐ奇人はまずいない。漫画界の大長老であり、妖怪研究の大御所でもあるこの人物は、きわめてまっとうなところと常人とは思えないところが渾然一体となって調和している。そういう稀有な存在なのである。

 この人には、「ガロ」の使い走りで原稿を受け取りにいった初対面から度肝を抜かれた。当時、「少年マガジン」の「墓場の鬼太郎」の連載も始まり、四十六歳の彼は多忙を極めていた。

 水木さんはぼくが挨拶する間もあけず、ググッと身体を前に乗り出して、「頭がカラッポになります」、「いまに倒れますよ」、「えらいですよ。もう殺されますよ」というような言葉を連発してきた。呆然としていると、大声でウワッハッハッと楽天的とも絶望的ともとれる笑い声を発してトイレに姿を消した。

 しばらくして、トイレから社会の窓を開けたままで飛び出してきた水木さんは、またもや「倒れます」、「カラッポになる」をくり返し、片手で机の上の消しゴムを取り上げると、やにわに空中に放り上げては受けとめるという動作を繰り返す。

 ふと動作が止まったかと思うと、眉間に皺を寄せて「最近、編集者と協調する方針を捨てて、彼らを漫画界の敵とみなす新方針を決めたですよ。『描いてくれ』とか『休ませない』と言う編集者は、ここにある棍棒で殴り殺すことにしたですよ」と言い、机の下を見るとエヘヘヘと笑うのだった。

 真意を測りかねてドキドキしたが、何度か通っているうちに、これは水木さん一流のサービスなんだということがわかり、気持ちが落ち着いていった。

※週刊ポスト2012年5月25日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

二宮が大河初出演の可能性。「嵐だけはやめない」とも
【全文公開】二宮和也、『光る君へ』で「大河ドラマ初出演」の内幕 NHKに告げた「嵐だけは辞めない」
女性セブン
新たなスタートを切る大谷翔平(時事通信)
大谷翔平、好調キープで「水原事件」はすでに過去のものに? トラブルまでも“大谷のすごさ”を際立たせるための材料となりつつある現実
NEWSポストセブン
4月3日にデビュー40周年を迎えた荻野目洋子
【デビュー40周年】荻野目洋子 『ダンシング・ヒーロー』再ヒットのきっかけ“バブリーダンス”への感謝「幅広い世代の方と繋がることができた」
週刊ポスト
品川区で移送される若山容疑者と子役時代のプロフィル写真(HPより)
《那須焼損2遺体》大河ドラマで岡田准一と共演の若山耀人容疑者、純粋な笑顔でお茶の間を虜にした元芸能人が犯罪組織の末端となった背景
NEWSポストセブン
JR新神戸駅に着いた指定暴力団山口組の篠田建市組長(兵庫県神戸市)
【ケーキのろうそくを一息で吹き消した】六代目山口組機関紙が報じた「司忍組長82歳誕生日会」の一部始終
NEWSポストセブン
元工藤會幹部の伊藤明雄・受刑者の手記
【元工藤會幹部の獄中手記】「センター試験で9割」「東京外語大入学」の秀才はなぜ凶悪組織の“広報”になったのか
週刊ポスト
映画『アンダンテ~稲の旋律~』の完成披露試写会に出席した秋本(写真は2009年。Aflo)
秋本奈緒美、15才年下夫と別居も「すごく仲よくやっています」 夫は「もうわざわざ一緒に住むことはないかも」
女性セブン
小野寺さんが1日目に行った施術は―
【スキンブースター】皮下に注射で製剤を注入する施術。顔全体と首に「ジュベルック」、ほうれい線に「リジュラン」、額・目尻・頰に「ボトックス」を注入。【高周波・レーザー治療】「レガートⅡ」「フラクショナルレーザー」というマシンによる治療でたるみやしわを改善
韓国2泊3日「プチ整形&エステ旅行」【完結編】 挑戦した54才女性は「少なくとも10才は若返ったと思います!」
女性セブン
森高千里、“55才バースデー”に江口洋介と仲良しショット 「妻の肩をマッサージする姿」も 夫婦円満の秘訣は「お互いの趣味にはあれこれ言わない」
森高千里、“55才バースデー”に江口洋介と仲良しショット 「妻の肩をマッサージする姿」も 夫婦円満の秘訣は「お互いの趣味にはあれこれ言わない」
女性セブン
【初回放送から38年】『あぶない刑事』が劇場版で復活 主要スタッフ次々他界で“幕引き”寸前、再出発を実現させた若手スタッフの熱意
【初回放送から38年】『あぶない刑事』が劇場版で復活 主要スタッフ次々他界で“幕引き”寸前、再出発を実現させた若手スタッフの熱意
女性セブン
【悠仁さまの大学進学】有力候補の筑波大学に“黄信号”、地元警察が警備に不安 ご本人、秋篠宮ご夫妻、県警との間で「三つ巴の戦い」
【悠仁さまの大学進学】有力候補の筑波大学に“黄信号”、地元警察が警備に不安 ご本人、秋篠宮ご夫妻、県警との間で「三つ巴の戦い」
女性セブン
《視聴者は好意的な評価》『ちびまる子ちゃん』『サンモニ』『笑点』…長寿番組の交代はなぜスムーズに受け入れられたのか?成否の鍵を握る“色”
《視聴者は好意的な評価》『ちびまる子ちゃん』『サンモニ』『笑点』…長寿番組の交代はなぜスムーズに受け入れられたのか?成否の鍵を握る“色”
NEWSポストセブン