10万足売れればヒットと言われる靴業界で、昨年、50万足を売り上げた高機能ビジネスシューズがある。チヨダの「ハイドロテックシリーズ」だ。「靴底に穴」で通気性を工夫した開発の裏側を、作家で五感生活研究所の山下柚実氏が報告する。
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穴が開いている靴。でも、まちがいなく新品。そう聞いて、あなたはどんな靴を想像するだろう? 見かけは何の変哲もない革のビジネスシューズだ。ところが、ひっくり返せば息をのむ。底に通気口のような穴が7つも開いているのだ。
商品説明には堂々とこうあった。「雨の日や濡れた場所での使用の際は、靴底から水が浸入する可能性があります」雨天には履けない、と宣言する靴。こんなのあり?
10万足売れればヒットと言われる靴業界で、快適さを追求した高機能ビジネスシューズが人気を集めている。チヨダの「ハイドロテックシリーズ」は年間50万足(2011年)を売り上げた人気商品。その中でも、この夏の目玉商品が、節電需要に対応した『涼風爽快』だ。
靴底に穴を開け通気性を持たせることに特化した、というこの商品、昨年数種類を市場に出したところ大評判に。それを受けて今年は大幅に種類を拡充し、ビジネスシューズ、カジュアル、サンダルのラインナップ計16種類が揃った。クールビズ商戦に向かって6万足の売り上げを見込んでいる、という。
男の足は困りもの。一日にコップ一杯もの汗をかく。営業でもデスクワークでも、一日中、靴を履きっぱなし。それなのに女性の足もとと比べて、開口部がぐんと少ないからムレる。この季節には匂いも水虫も気になる……。
こうした問題を解決するため、『涼風爽快』は靴底に穴を7つ、中敷きにも小さな穴を無数に開けた。ここから空気が出入りして、足のムレを解消してくれるらしい。
中敷きをとりはずした状態で、もう一度、その不思議な靴底を観察してみよう。ビジネス用は7つの通気口のうち、4つは雪の結晶のような独特な八角形模様をしている。
「穴を開けることで通気性を高めつつ、強度が落ちないように配慮し、小石やゴミがはさまらないための独自の形状を追求して試行錯誤を繰り返しました」と同社マーケティング本部の竹島昌芳氏(40)。通気口をのぞき込むと、中に網戸のようなメッシュ構造が。インタビューをしている竹島さんの顔がむこうに透けて見えてびっくり。
これならたしかに通気性はバツグンだけれど、雨では……。
「はい、私どもが店頭でいろいろとご説明するその前に、お客さまの方から『雨の日はとても履けないよねー』とおっしゃってくださいます。手にとれば、形状からダイレクトに商品特性が伝わる。だからむしろ、自信をもって『涼しさ』についてお話しできるというわけです」
おまけに、傘マークに赤い斜線が引かれた「雨天使用不可」を表わすタグも付いていて、これがまた目立つのだ。「普通だと、デメリット表示をここまで大きくしないですよね」と竹島氏も苦笑い。
「でも、雨の日は濡れる、という欠点を真正面から表示することで、むしろよい結果が生まれました。あわせて、同じハイドロテックシリーズにある防水シューズをお勧めするチャンスができたのです。『雨対策に、もう一足いかがですか』と二足一緒にアピールできます」
マイナスが生んだプラス。怪我の功名。瓢箪から駒。ビジネスシューズも、用途によって履き分ける時代が到来したのだ。
※SAPIO2012年8月1・8日号