ロンドン五輪でメダルが期待される体操の田中理恵選手。兄の和仁・弟の佑典とともにオリンピック出場を果たし、“田中3兄弟”としても注目が集まるが、体操競技は、続ける側にも教える側にも苦労が付きまとう。ここでは、ソウル五輪、バルセロナ五輪で計4つのメダルを獲得した池谷幸雄氏にまつわる苦労と、同氏の田中評について、作家の山藤章一郎氏がリポートする。
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西武・多摩湖線〈一橋学園駅〉から徒歩10分ほどの「池谷幸雄体操倶楽部」――炭酸マグネシウムの白い粉が幅33メートル、縦14メートルもある広い室内に舞い散る。園児から高校生までの50人ほどが、鉄棒、あん馬、吊り輪、マットなどの練習に励んでいる。
園児は、寝転がってたとえばカメになる。仰向けで手足をつき裏返しの四つん這いで、10メートルほど前進する。この幼いグループから運動能力が高く、やる気を出す者を選手コースに組み入れて育てる。月謝は週6日の練習で2万2000~2万5000円。10歳、体操歴5年、Tくんの母子の1日の生活。
学校に車で子どもを迎えに行って倶楽部に送り届け、いったん帰宅し、夜9時50分にふたたび迎えに行く。子どもの夕飯は、帰りの車の中。アレルギーだから和食中心の弁当。帰宅すると、宿題、風呂など。寝るのは深夜12時。それを週に6日。
――大変な労力と時間を要します。
「くたくたですが、オリンピックを夢見て」
――お金もかかりますね。
「なんとか、がんばってます。買うものも買わないようにして」
――子どもがやめたいといいだしたときはどうしますか。
「これまで人生の半分を体操に費やしてきたんです。完全にやめちゃうのはやはりもったいない。その時が、ちょっと怖いですね」
この体操倶楽部で、池谷幸雄氏の母・幸子さんは受付をしている。「年中、無休無給」の「私はボランティア」と笑う。建物と体操器具購入に約2億円かかった。
池谷氏の話。
「恥ずかしい話だけど、いまだにプラスチック関連の会社を興した父親の援助を仰いでいます。子どもたちの月謝だけに頼って運営はできません。冷暖房、空調だけで2500万円もする。そして体操器具が本当に高い。人件費も高い。子どもが、けがをするとすぐに治療できるよう、接骨院もいるのです。10人を教えるのにコーチが一人必要で、そもそも体操専業の倶楽部は、ビジネスとして存立しないのです」
――それでも、体操を?
「球はだれでも投げられるし、だれでも打てる。しかし、バク転はできない。体操は普通の体ではできないスポーツです。難しいワザを成功させるには努力の積み重ねによる相応の筋肉の柔軟性が必要です。
高い難易度のワザが成功すると、喜びと達成感が待っている。それを次の代の子どもたちに教える。ビジネスとしては苦しい。しかし、なんとか頑張るのはそのためです。男子なら27歳くらいまでメダルが狙えます」
――田中理恵は?
「珍しいですね。学生時代はパッとせず、25歳のいま頂点まで伸びてきた。努力の日も知っていますが、高校大学の途中までサボってたんでしょうかね」
※週刊ポスト2012年8月3日号