薬(第一類と第二類)については、「対面」で販売しなければならない。その論拠として厚生労働省が指摘するのは、安全性の問題。つまり、薬局での販売ならば、薬剤師がいて症状を聞き、顔色を見ながら適切な薬を選び、副作用などの注意事項もきちんと伝えることができる。
これに対しネット販売の場合は「対面」していないために、なにかと危険性が伴うのだという。だが、薬局に薬剤師がいても、本人が寝込んでいて外出できず、代わりに来た家族の顔色しか分からない。これは「対面しないから危険」という説明は成り立たないではないか。なぜこのような規制が出来上がるのか。政策工房の原英史氏が解説する。
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ちょっと考えれば論拠があやしいにもかかわらず規制ができあがり、今も維持されているのは、端的に薬局やドラッグストアなど、店舗を持って薬を販売する業界の力だ。時代劇でよく、××屋などと称する悪徳商人がお代官(官僚)とつるみ、新規参入業者を排除して利権をむさぼったりするが、同じ構図と言ってよい。
規制を作るプロセスでは、厚生労働省が設けた有識者会議にネット販売を行なう新しい事業者は入れてもらえず、既得権業界だけがメンバーだった。その中で、「ネット販売は危険」という議論が積み重ねられていった。
ネット販売を手掛け、今回の訴訟の原告でもあるケンコーコムの後藤玄利社長は、「そうした(既得権)業界は、官界、政界と強い結びつきをもっていて、いわば『鉄のトライアングル』です。私たちがいかに声をあげても、役所や政治を動かすことは困難でした。だから、司法の場に訴えるという手段をとらざるを得なかったのです」という。
政官業の「鉄のトライアングル」を支えている要素の一つが政治献金だ。日本薬剤師連盟からの政治献金(パーティー券購入や寄付金)の合計額は、2008年が約2億8000万円、2009年が約5億円、2010年が約1億8000万円。額が突出している2009年は総選挙のあった年だ。選挙の時期には「陣中見舞い」名目であちこちに資金が配られていた。苦しい時にお世話になり、陳情を無下にできなくなる政治家が大量に生まれたわけだ。
政と業をつなぐ政治献金のほか、官と業をつなぐ天下りもある。例えば、日本薬剤師研修センターなどの団体では厚生労働省OBが理事を務める。天下りを受け入れてもらう立場の役所も、やはり頼まれごとを断わりづらくなる。
そうした図式が分かれば、控訴審判決後、国がなぜ上告したかも分かりやすい。既得権業界はここ数年、ネット販売解禁に備えた体制整備を進めてきたとはいえ、まだまだ準備不十分。上告してもらって時間を稼ぎ、その間にできるだけ自分たちに有利な形で「ネット販売一部解禁」のルールを作ってしまおうということではないか。
一部議連からの異論があったとはいえ、やはり「鉄のトライアングル」は強固だったのだ。あるネット販売関係者はこう言う。
「解禁に動いてくれる議員もいるが、既得権業界とつながる議員の死にもの狂いの活動には負ける。解禁されれば票とカネを失う、と考える議員のほうがこの問題に力を注ぐわけです」
※SAPIO2012年11月号