国内

グラスを未承諾で作るも咎めぬサントリー「やってみなはれ」

 若者の「ビール離れ」「アルコール離れ」が叫ばれて久しい。実際に酒類全般の消費は年々減少している。しかし、その中でも「ザ・プレミアム・モルツ」(プレモル)などヒット商品を次々に生み出し、シェアを拡大しているのがサントリーだ。同社の企業風土を象徴する「やってみなはれ」精神についてはこれまでたびたび報じられてきたが、それはどのように商品として花開いてきたのか。ジャーナリストの永井隆氏がリポートする。

 * * *
「『やってみなはれ』が、サントリーのDNA」

 佐治信忠サントリーホールディングス(HD)社長は、よくそう話す。今では広く知られたそのフレーズこそ、攻めの精神の背景になっている。

 ビール事業は現社長の父親であり2代目社長の佐治敬三氏が1963年に始めたものだ。敬三氏が、ビール参入の意思を創業者であり父親の鳥井信治郎氏(現社長の祖父)に伝えたのは1961年春。病気で静養していた創業者は、「人生はとどのつまり賭けや。わしは何も言わん。やってみなはれ」と、日頃から口にしていた言葉を贈った。

 実は信治郎氏は戦前、ビールに参入し撤退した経験があった。撤退したからこそウイスキーに集中でき、会社が成長した面はあった。

「やってみなはれ」で始まった敬三氏によるビールへの再参入は、サントリーにとって「賭け」の挑戦だった。

 1989年、サントリーは府中市の武蔵野ビール工場内に試醸用のミニブルワリーを建設。そこでチェリービールなどとともに醸造されたのがプレモルの“プロトタイプ”だった。筆者はその年の9月に同工場を訪れ、プレモルを飲んだ。

「世界最高峰のピルスナービールをサントリーは作り上げます」と醸造技師たちは熱く語っていた。そして16年後の2005年にプレモルが「最高金賞」を受賞。2008年には、参入から実に46年目にしてビール類事業が黒字化した。

 そのころから「やってみなはれ」が次々とヒット商品として花開いた。

 一つの例が、すっかり人気が定着した「ハイボール」である。ウイスキーは1980年代半ばから長く低迷していたが、2007年ごろからのハイボールブームにより復活を遂げた。

 そのムーブメントの仕掛け役となったのが、他ならぬサントリーだった。スピリッツ事業部門の幹部が語る。

「月島のもんじゃ焼き店にメニューとして提案したり、『角ハイボール酒場』の展開を提案したりと、現場が“どうやったらウイスキーを若者においしく飲んでもらえるか”を考えて動きました。

 ある30代社員は、ハイボール専用グラスを上司の承諾なしに勝手に作ってしまった。あとで『やっちゃいました』と頭を掻いていたが、誰も咎めはしませんでした」

 店員が最適な味のハイボールを簡単に作れる「角ハイボールタワー」という業務用機材も開発。それが飲食店でハイボールの広告塔となった。

 ハイボールブームは『角瓶』『トリス』といったブレンデッドウイスキーだけではなく、『山崎』『白州』のシングルモルトウイスキーにも波及。2012年1~10月の販売量は、山崎は前年比30%増、白州は約3倍にもなっている。

「ハイボールは若者に受けている。今後は、ストレートやロック、水割りと、ウイスキーの魅力を若者たちに伝えていきたい」(別のスピリッツ事業部門幹部)

 挑戦を続けるサントリーは、ゼロから1を生むことができる会社だ。しかし、伸びているとはいえビール類でのシェアは14%とまだ3位であり、ライバル会社の低迷に助けられている面もある。市場の縮小に歯止めをかけるホームラン商品を開発できるかどうかが今後の課題と言える。

■永井隆(ジャーナリスト)とSAPIO取材班

※SAPIO2013年2月号

関連記事

トピックス

フリー転身を発表した遠野なぎこ(本人instagramより)
「救急車と消防車、警官が来ていた…」遠野なぎこ、SNSが更新ストップでファンが心配「ポストが郵便物でパンパンに」自宅マンションで起きていた“異変”
NEWSポストセブン
盟友である鈴木容疑者(左・時事通信)への想いを語ったマツコ
《オンカジ賭博で逮捕のフジ・鈴木容疑者》「善貴は本当の大バカ者よ」マツコ・デラックスが語った“盟友への想い”「借金返済できたと思ってた…」
NEWSポストセブン
モンゴルを訪問される予定の雅子さま(撮影/JMPA)
雅子さま、「灼熱のモンゴル8日間」断行のご覚悟 主治医とともに18年ぶりの雪辱、現地では角界のヒーローたちがお出迎えか 
女性セブン
米田
《チューハイ2本を万引きで逮捕された球界“レジェンド”が独占告白》「スリルがあったね」「棚に返せなかった…」米田哲也氏が明かした当日の心境
週刊ポスト
詐称疑惑の渦中にある静岡県伊東市の田久保眞紀市長(左/Xより)
「『逃げも隠れもしない』と話しています」地元・伊東市で動揺広がる“学歴詐称疑惑” 田久保真紀市長は支援者に“謝罪行脚”か《問い合わせ200件超で市役所パンク》
NEWSポストセブン
佐々木希と渡部建
《六本木ヒルズ・多目的トイレ5年後の現在》佐々木希が覚悟の不倫振り返り…“復活”目前の渡部建が世間を震撼させた“現場”の動線
NEWSポストセブン
東川千愛礼(ちあら・19)さんの知人らからあがる悲しみの声。安藤陸人容疑者(20)の動機はまだわからないままだ
「『20歳になったらまた会おうね』って約束したのに…」“活発で愛される女性”だった東川千愛礼さんの“変わらぬ人物像”と安藤陸人容疑者の「異変」《豊田市19歳女性殺害》
NEWSポストセブン
児童盗撮で逮捕された森山勇二容疑者(左)と小瀬村史也容疑者(右)
《児童盗撮で逮捕された教師グループ》虚飾の仮面に隠された素顔「両親は教師の真面目な一家」「主犯格は大地主の名家に婿養子」
女性セブン
組織が割れかねない“内紛”の火種(八角理事長)
《白鵬が去って「一強体制」と思いきや…》八角理事長にまさかの落選危機 定年延長案に相撲協会内で反発広がり、理事長選で“クーデター”も
週刊ポスト
たつき諒著『私が見た未来 完全版』と角氏
《7月5日大災害説に気象庁もデマ認定》太陽フレア最大化、ポピ族の隕石予言まで…オカルト研究家が強調する“その日”の冷静な過ごし方「ぜひ、予言が外れる選択肢を残してほしい」
NEWSポストセブン
大阪・関西万博で、あられもない姿をする女性インフルエンサーが現れた(Xより)
《万博会場で赤い下着で迷惑行為か》「セクシーポーズのカンガルー、発見っ」女性インフルエンサーの行為が世界中に発信 協会は「投稿を認識していない」
NEWSポストセブン
詐称疑惑の渦中にある静岡県伊東市の田久保眞紀市長(HP/Xより)
《東洋大学に“そんなことある?”を問い合わせた結果》学歴詐称疑惑の田久保眞紀・伊東市長「除籍であることが判明」会見にツッコミ続出〈除籍されたのかわからないの?〉
NEWSポストセブン