第148回直木賞を受賞した朝井リョウ氏の「何者」(新潮社)が話題を呼んでいる。就活をテーマにした大学生の姿に読者はなにを見るのか。作家で人材コンサルタントの常見陽平氏がレビューする。
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少し前の話題ですが・・・、朝井リョウさんの「何者」(新潮社)が直木賞を受賞しました。23歳での受賞は戦後最年少です。
母校の早稲田大学の生協では、この受賞作だけでなく、映画化され最近そのDVDも発売された「桐島、部活やめるってよ」(集英社)や、学生生活に関するエッセイ「学生時代にやらなくてもいい20のこと」(文藝春秋社)など、彼の本が「飛ぶように売れている」(担当者)とのこと。
特に受賞作「何者」は受賞が決まった1月、早稲田大学生協全体の文芸書部門で圧倒的な1位だったとか。「途中、品薄になった時期がありました。在庫があればもっと売れていましたね。現在は、朝井さんの過去の著作と合わせて、大きく展開中です」と担当者は語ります。
朝井リョウ氏の戦後最年少23歳での受賞や、現在会社員であることなどが話題になりますが、あえてこういう言い方をしてみたいと思います。
「就活が、直木賞をとった」と。
この伝統のある文学賞に、就活を描いた小説が入ったということは、それだけ就活というものが社会問題として認識されたのだと解釈しています。
もちろん、私も読みました。朝井リョウ氏が最近まで就活生だったということもあってか、現在の就活の一部が実にリアルに描かれていると感じます。あくまで推測ですが、実体験だけでなく、かなり取材をしたでしょう。
先ほど「就活の一部が」という表現を使ったこと、かなり取材をしただろうと推測しているのには、ちゃんと理由があります。というのも、「就活」といったところで、学生の意識も、就活のスタイルも実に多様化しているからです。
この小説に出てくるように、就活用アカウントと本音用アカウントを使い分けたり、やたらと意識の高い学生(笑)がいたりする一方で、なかなか動き出さない人もいたり。「就活」と聞いたときに思い描く光景はまったく異なります。ただ、この小説に出てくる小説も、またリアルに存在する就活の一部でしょう。今の50代以上の人はもちろん、もうアラフォーになってしまった就職氷河期の初期世代にとってすら「就活は、こんなに変わってしまったのか」と驚くことでしょう。
ただ、いくつかの変わらない真実のようなものがあります。それは、就活は不透明で、不自由で、不公平で理不尽であるということです。そして、誰にとっても初体験です。
さらに言うと、リーマン・ショック後の就職難の時代となり、新卒一括採用の問題が指摘され、廃止すべきだとか、就活けしからんという声が多数ありました。たくさんの改革案が出され、一部は実行されました。企業で働くことにとらわれずに、自由な生き方を模索する若者も話題になりました。それでも、私たちは就活に巻き込まれていく。これもまた、世の中の変わらない光景です。これをくだらないとか、進路には多様性が大事だとか、欧米ではギャップイヤーがある、インターンシップから就職するという声がありつつも、それでも多くのみんなが巻き込まれていく。これもまた現代日本の真理です。
どこにも居場所なんかなく、就活の先には何か居場所がありそうだけど、でも、それも不確か。さらには、ソーシャルメディアがあったところで、誰も本音なんかつぶやけない。
現代日本の息苦しさを感じつつも、それでも前に進まなければならない。セコい、痛いとわかっていても演じなくてはならない。
そんな現代、いや、時代をこえて、なんとなく巻き込まれていく感じが絶妙に描かれていると思います。
そして、私も含め論者がメディアでいろんなことを言ったところで、それこそ誰もがまるで「訓示親父」と化して説教をしたところで、人間には見える世界しか見えない、ということも再認識した次第です。その先の世界を見ようとする行為は苦行のようで、救いであることもあるわけです。
自由な世の中、選択肢が増えた世の中といいつつ、この巻き込まれていく気持ち悪さと背伸びせざるを得ない感じ、居場所のない感じなどを絶妙に描いた作品だと解釈しました。
就活というテーマを私が追っている理由は、ここに現代日本の問題や矛盾、ジレンマが凝縮されているからです。その一部を見事に描いたといえるでしょう。なお、私が一部をと言っているのは別に批判しているわけではなく、先ほどふれたように、就活ほど人によって見える絵が違うものはないからです。そして、文学作品において全部を描く必要はありません。
ちなみに、朝井リョウさんと、大学時代の指導教官であり、作家で芥川賞選考委員でもある堀江敏幸氏との対談が「文藝春秋」の3月号に掲載されています。「初めての師弟の対話」という触れ込みなのですが、面白いですよ。ここにもあるように、そして、様々なメディアで報じられているように、朝井さんは昨年4月から社会人になりました。執筆時間は物理的に減ったものの、1日に集中できる時間はそんなに変わらないと言います。彼は今、5時に起きて7時半ごろまで書いて、8時20分には家を出ているとか。
この対談で彼は「作家をやっているから会社で眠そうにしているとか思われるのは絶対いやなんですよ」と言っています。仕事にも身が入っているようです。直木賞をとった日も、お祝いしてもらった後、次の日は普通に会社に出ていたとか。
「十九歳でデビューが決まったときに、作家だけでは精神的にやっていけないだろうと思ったので、このまま会社員を続けながらバランスよく仕事できればと。体力次第ですね」
彼は高く評価されており、今の状態だと、作家だけでも経済的にもやっていけなくはないかと思うのですが、このコメントはなかなか意外でした。しかし、これもまた世の真実です。無事に社会人になれても、直木賞をとっても、彼もまた、模索を続けているのかもしれません。
さて、彼は次に何を描くのでしょう。就活のその先のサラリーマン社会もまた居場所のない世界です。ここを掘り下げた新作を期待します、ファンとして。