スポーツ

WBC3連敗で散ったブラジルには16歳で155キロ出す左腕がいる

 盛り上がりを見せるWBC。華やかな舞台の裏にある物語。ノンフィクションライターの神田憲行氏がレポートする。

* * *
「いいか、いいもの見せてやるよ」

 ニヤッと笑いながらそういうと、監督はミニバスを止めてドアを開けた。

「よし、ピッチャーはここから降りて学校までランニングで帰れ!」

 7、8人の投手が降りるのを確認すると、彼はドアを閉めてまたミニバスのハンドルを握った。バスはそのまま学校に帰ると見せかけて、ぐるっと大回りして降ろした選手の後をつける。監督たちが先に行ったと思い込んでいたのだろう、サボッて歩いている選手たちがいた。

「こら!走れ!」

 驚いて焦る顔を見て、バス内に残った私や野手の他の選手たちは笑い転げた。

「ああ、やっぱりあいつは走っているな」

 監督の視線の先には、田んぼの脇の舗装された道路を汗を飛ばしながらランニングする長身の選手と、それに引っ張られるように二人の選手が黙々と学校に向かって駆ける姿があった。それが監督に私に見せたかった「いいもの」だった。

「カルデーラは練習をサボらない。あいつが来てくれて、背中でみんなを引っ張ってくれた」

 それが私とチアゴ・カルデーラとの出会いだった。当時は山形県の羽黒高校の2年生で、翌年、山形県代表として初めて夏の甲子園に出場し救援投手としてマウンドを踏んだ。そして現在、WBCブラジル代表投手コーチを務めている。

 日本代表との初戦、マウンドに何回もいく青いジャンパーのカルデーラの姿をスタンドで追いながら、私は彼の故郷を思い出していた。

 バストスという人口3万人弱の小さな街である。なぜブラジル人が野球をするのか知りたくて、私は太平洋を渡りアメリカでトランジットしてブラジルに着き、バストスまで車に揺られた。カルデーラのお父さんは大柄でペットショップを経営する人の良さそうな人物だった。お母さんは小柄で、私に家の中を案内しながら、

「どこをどんなふうに使ってもいいのよ。自宅だと思って」

 と言ってくれた。

 カルデーラ家はイタリア移民である。よけい、なぜサッカーでなく野球なのか。カルデーラのお父さんは、

「昔会社で働いていたとき、日系人の同僚がみんな真面目で親切な人たちばっかりだったんだよ。それで息子もあんなふうな人間になってくれたらと思い、日系人がやっている野球のチームに入れたんだ。私は野球のルールはなにもわからないけれどね」

 カルデーラのお父さんはそう言って笑った。日系人を見習うために野球を始め、そこで教わった野球の姿勢で日本の高校生たちを引っ張り、今度は日本代表の前に立ちはだかる。カルデーラの人生は、日本とブラジルの関係を結ぶ野球の在り方を体現しているようだ。

 結局ブラジル代表は3連敗した。中国戦のあと、カルデーラは、

「がっかりです。みんな泣いていますよ」

 と落胆を隠さなかった。

 地球の裏側から日本に野球をしにきたブラジル代表の今回の冒険はここで終わった。だがまだ続きがある。所属球団の事情で今回来日出来なかったが、ブラジルには大リーグと契約した155キロの16歳左腕ゴウハラがいる。中国戦でストレート一本槍で投げきったミサキも16歳だ。さらにブラジルアカデミーには13歳の選手もいる。

「また、また日本に来ます」

 汗を飛ばしながら、カルデーラが走って行く。

関連記事

トピックス

千葉ロッテの新監督に就任したサブロー氏(時事通信フォト)
ロッテ新監督・サブロー氏を支える『1ヶ月1万円生活』で脚光浴びた元アイドル妻の“茶髪美白”の現在
NEWSポストセブン
ロサンゼルスから帰国したKing&Princeの永瀬廉
《寒いのに素足にサンダルで…》キンプリ・永瀬廉、“全身ブラック”姿で羽田空港に降り立ち周囲騒然【紅白出場へ】
NEWSポストセブン
騒動から約2ヶ月が経過
《「もう二度と行かねえ」投稿から2ヶ月》埼玉県の人気ラーメン店が“炎上”…店主が明かした投稿者A氏への“本音”と現在「客足は変わっていません」
NEWSポストセブン
自宅前には花が手向けられていた(本人のインスタグラムより)
「『子どもは旦那さんに任せましょう』と警察から言われたと…」車椅子インフルエンサー・鈴木沙月容疑者の知人が明かした「犯行前日のSOS」とは《親権めぐり0歳児刺殺》
NEWSポストセブン
10月31日、イベントに参加していた小栗旬
深夜の港区に“とんでもないヒゲの山田孝之”が…イベント打ち上げで小栗旬、三浦翔平らに囲まれた意外な「最年少女性」の存在《「赤西軍団」の一部が集結》
NEWSポストセブン
スシローで起きたある配信者の迷惑行為が問題視されている(HP/読者提供)
《全身タトゥー男がガリ直食い》迷惑配信でスシローに警察が出動 運営元は「警察にご相談したことも事実です」
NEWSポストセブン
「武蔵陵墓地」を訪問された天皇皇后両陛下の長女・愛子さま(2025年11月10日、JMPA)
《初の外国公式訪問を報告》愛子さまの参拝スタイルは美智子さまから“受け継がれた”エレガントなケープデザイン スタンドカラーでシャープな印象に
NEWSポストセブン
モデルで女優のKoki,
《9頭身のラインがクッキリ》Koki,が撮影打ち上げの夜にタイトジーンズで“名残惜しげなハグ”…2027年公開の映画ではラウールと共演
NEWSポストセブン
2025年九州場所
《デヴィ夫人はマス席だったが…》九州場所の向正面に「溜席の着物美人」が姿を見せる 四股名入りの「ジェラートピケ浴衣地ワンピース女性」も登場 チケット不足のなか15日間の観戦をどう続けるかが注目
NEWSポストセブン
安福久美子容疑者(69)の高場悟さんに対する”執着”が事件につながった(左:共同通信)
「『あまり外に出られない。ごめんね』と…」”普通の主婦”だった安福久美子容疑者の「26年間の隠伏での変化」、知人は「普段どおりの生活が“透明人間”になる手段だったのか…」《名古屋主婦殺人》
NEWSポストセブン
「第44回全国豊かな海づくり大会」に出席された(2025年11月9日、撮影/JMPA)
《海づくり大会ご出席》皇后雅子さま、毎年恒例の“海”コーデ 今年はエメラルドブルーのセットアップをお召しに 白が爽やかさを演出し、装飾のブレードでメリハリをつける
NEWSポストセブン
三田寛子と能條愛未は同じアイドル出身(右は時事通信)
《中村橋之助が婚約発表》三田寛子が元乃木坂46・能條愛未に伝えた「安心しなさい」の意味…夫・芝翫の不倫報道でも揺るがなかった“家族としての思い”
NEWSポストセブン