登山ブームのなかでも富士登山は大ブームだという。世界文化遺産に登録されることで、今後ますます注目が集まる富士山を日常的にのぼる人たちについて、作家の山藤章一郎氏が報告する。
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バカデカリュックをかついだ40半ばの女性に、頂上まで行くのかと尋ねると「あたしゃ死ぬ」と笑った鉄火姐さんは〈ボッカ〉を説明してくれた。〈ボッカ〉は〈歩荷〉と書く。背負子に段ボール詰めの荷を何段にも重ねて担ぐ。かつては登山案内も兼ねる〈強力〉と呼ばれる男仕事だった。
「いまは、山小屋などの従業員です。あたしゃ、そこの佐藤小屋の女房だよ。1日に2回、往復1時間の山道を登ったり下ったり。缶ビール、軽油、食材、薪。なんでも運ぶさ。山なんか、大嫌いなんだけどね」
「山嫌いで……毎日荷をしょって登ったり下ったり、ですか」頭が下がった。
「そうだね。でもまあ、富士山には凄い人がいっぱいいるからね」いわれて後で調べた。これがオー! トリビア。
〈梶房吉〉さんは、50年の強力生活で、合計、富士山頂に1672回登りました。
〈小俣彦太郎〉さんは、最後の強力といわれ、86歳で800回の登頂記録を樹てました。
強力ではなく、元・会社員の〈実川欣伸〉さんは、75日間連続で1日に2回登頂しました。2日半眠らず8回登頂した、たまげた記録も持っています。
〈佐藤小屋〉をめざす。崖道がうねうねと山にへばりついて続く。雪解けがぬかるみ、崖は谷側に深くえぐれ、踏み固められたアイスバーンもある。佐藤小屋の〈ボッカ〉姐さんはここを毎日背に20キロ、30キロを担いで、2往復する。
黙々として悠々たる人生である。深く敬服する以外に、ない。
※週刊ポスト2013年6月7日号