かつて「特別な日に飲む高級なお酒」のイメージが強かったワインだが、近年はスーパーやコンビニでも買える気軽さと、1000円前後でも本格的な味わいが楽しめる低価格化などによって、より食卓に身近な存在となっている。
そんな背景から、ワイン市場はじわじわと伸びている。国税庁調査などによると、2008年以降、消費数量は拡大を続け、2012年は約34万キロリットルになった。
だが、日本人の一人当たりの年間ワイン消費量は、750ミリリットルのワインボトルでわずか約2本分に過ぎない。「フランスやイタリアといったワイン伝統国と比べると20~25分の1と低い水準。もっとワインの魅力を伝える努力をしたい」と、グループ内にメルシャンを持つキリンの広報担当者は意気込む。
ワインを日常的に飲んでいない人にその理由を聞くと、「赤・白の飲み分けや食事との組み合わせ方がよく分からない」といった声は多い。そこで、神奈川県・藤沢市のメルシャン工場内にある商品開発研究所では、食事との組み合わせをベストにする新商品の研究・開発も行っている。
「ワインと料理の組み合わせは、ワイン用語で“マリアージュ(結婚)”と呼びます。これまで『魚は白、肉は赤』などいろいろなことが言われてきましたが、ワインは嗜好品なので、100%この銘柄が美味しく、この料理に合うとは断言できません。その日の体調や食事のバリエーションによっても選び方が分かれますしね。
でも、これまで経験則や個人的意見などの領域を出なかった食とワインの組み合わせですが、しっかりした研究データに基づき、お客様においしく感じていただけるような商品の開発に取り組んでいます」
こう話すのは、同研究所でワインや原料のブドウ、その他の果実の健康機能性成分を研究している須永和子さん(32)。
例えば、魚介とともにワインを飲むと稀に「生臭さ」が増してしまうことがあった。研究所で調べたところ、ワインの中に溶けている鉄が魚介の脂質と反応し、におい物質を発生させていることが分かった。その成果は、鉄を取り除いた「フードマッチ製法」として、メルシャンでロングセラーを続ける『ビストロ』シリーズに活かされた。
また、消費者調査を行った際に、市販価格1000円以下の赤ワインは冷蔵庫で保管して飲む家庭が多いことが分かった。そこで、常温だけではなく冷やして飲んだときにおいしいと感じるよう、研究所の技術を駆使して付加価値のある新商品を誕生させた。
「冷やすと香りがたちませんし、渋味がより出てしまうのです。そこで、冷やしてもおいしく飲めるように、渋味成分のタンニンの量を制御したり独自ブレンドを加えたりした結果、国産デイリーワインではあり得ないような香り豊かなワインが仕上がりました」(前出・須永さん)
それが500円前後(720ミリリットル)と低価格ながら、メルシャンが戦略商品に据えている『エブリィ』だ。分かりやすい商品訴求が奏功し、すでに10万ケースの出荷量を超え、専門誌で“四つ星”を受賞するほどのヒット商品に育った。
「銘柄がたくさんあって選びにくいと思われているワインですが、最終的には自分がおいしいと思う商品を飲むのが一番。これからも原料の成分研究などとともに、好みのタイプの見つけ方や、飲み方提案もどんどんしていきたいです」(同前)
ちなみに、須永さんに好みのタイプを聞くと、「どちらかというと繊細なフランス産よりも、がっしりした味の南米やオーストラリア産」だという。専門メーカーの研究職だけに少し意外な返答だったが、それだけ味わいや香りそのものの好みも千差万別だということ。
国産・輸入を合わせて約1200酒類も販売するメルシャン。無数にある消費者ニーズをいかに汲み取ってワインの「愛飲家」を増やせるか。須永さんをはじめ研究者は、ワイン市場のさらなる拡大に欠かせない、いわば“マッチングビジネス”において重要な役割を担っている。
■撮影/渡辺利博