アメリカでは新聞・テレビなどの既存メディアに代わりネットジャーナリズムが権力監視の中心的役割を担うようになっている。4000万人超の月間ユニークユーザー数を誇る『ハフィントンポスト』やピューリッツァー賞を受賞した『プロパブリカ』などだ。
安倍政権による言論統制が強まるなか、わが国でも権力やスポンサーにおもねらないネット言論には大きな可能性がある。ただし現実はそう楽観できない。元毎日新聞編集局次長で早稲田大学政治経済学術院教授の瀬川至朗氏が問題提起する。
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アメリカのネットメディアが台頭した大きな理由として、既存メディア、特に新聞を中心とした紙媒体の著しい衰退がある。新聞各紙は発行部数減に歯止めがかからず、制作現場にも容赦ないコスト削減のプレッシャーがかけられた。時間と金のかかる調査報道は敬遠され、優秀な記者たちはネットメディアに新たな活動の場を求めた。結果、質の高いジャーナリズムが新聞からネットに移動したのだ。
こうした状況に危機感を覚えたアメリカの新聞各社は、ネットの活用に活路を見出した。紙面では伝え切れない事件、事故現場の生々しい様子を動画配信したり、ツイッターやポッドキャストを積極活用して新たな読者層の掘り起こしにも成功した。
2008年のリーマン・ショック後に経営危機が囁かれたニューヨークタイムズは、一昨年からデジタル版を有料化。クリックすると図表やグラフが時系列で変化するなど、データを可視化させたインフォグラフィックなどビジュアルに工夫を凝らしたサイトが好評で、2013年に黒字転換を果たしている。紙媒体がネットの影響を受け進化を遂げた好例だ。
日本のネットメディアはそこまで発展していないし、既存メディアのネット進出も鈍い。背景のひとつに日本の新聞社は独自の新聞宅配制度によって一定の販売部数が確保されているため今のところ差し迫った危機感がないことがある。新聞各社はドラスティックな改革に踏み切れずにいる。旧態依然の経営スタイルが「ネット報道への参戦」を阻んでいるのだ。
アメリカの新興ネットメディアでは、新聞社でプロフェッショナルな取材力を身に付けた記者や優秀なコラムニストが健筆をふるっている。しかし、アメリカの新聞記者にはフリーランスも混在し、そのほとんどが期限付きの契約だ。移籍もしょっちゅうであるのに比べて、高水準の給与と終身雇用が保障された日本の記者たちが、あえて独立系ネットメディアに身を投じて調査報道に携わろうという気持ちにはならないだろう。
その者たちが新聞で本来の役割を果たすのならいいが、そもそも権力監視のための調査報道の重要性を意識している記者がどれほどいるか疑問だ。仮にそうした熱意と取材能力のある記者がいても、今のところ日本では既存メディアでなかなか活躍できないうえに受け皿となるネットメディアもない。
既存メディアを脅かす気骨のあるネットメディアが現われるまで、日本の言論の成熟は望めないかもしれない。
※SAPIO2013年11月号