スポーツ

仕事で大切なことは広島のスカウトが流した涙が教えてくれた

 24日に行われたプロ野球のドラフト会議。広島の「くじ引き」が大きな話題になった。フリー・ライターの神田憲行氏が、ドラフトで感じた改めて仕事で大切なことを語る。

 * * *
 24日に行われたプロ野球ドラフト会議で、広島の田村恵スカウトのくじ引きが感動を呼んだ。ドラフトでは指名選手が競合した場合、多くは監督か球団社長という幹部がくじを引くのだが、広島は九州共立大の大瀬良大地投手を巡るくじ引きで、大瀬良投手を高校時代からずって見て来た現場スカウトの田村スカウトをくじ引き役に指名。見事3球団競合から引き当てた。直後のテレビインタビューで、田村スカウトは

「自分がいちばん見続けてきたので……絶対に当たると……」

 と、目に涙を浮かべた。なんでも田村スカウトに決めたのは松田オーナーの決断だったという。ともすれば目立ちたがり屋のスーツ組がしゃしゃり出てくるドラフトで、オーナーの決断も粋だ。田村スカウトの篤実な人柄が浮かんでくる様子に、大瀬良本人はもとより、ご両親も大切な息子を預ける決断に迷いはないだろう。

 ドラフトというシステマティックな世界でも、決めるのは結局は「人と人」である。

 ドラフトで指名を考えている球団は、あらかじめスカウトが選手の所属するチームの監督に「×巡目で考えています」というような挨拶をしておく。しかし直前の編成会議で急遽指名が決まったときは、それこそドラフト当日の数時間前に「挨拶」になって、いわゆる「強行指名」になることがある。当然、揉める。そこで出番がスカウトになる。私が聞いた例では、強行指名に身を硬くした監督、選手の保護者に担当スカウトが、

「強行にはなりましたが、うちは真剣なんです」

 と、その選手の今後3年間の育成計画を考えたレポートを送り、無事獲得にこぎ着けた。

 逆もある。とある強豪球団のスカウトは、監督がいないときにグラウンドに入り込み、お目当ての選手の故障の治り具合を他の選手たちに聞いて回った。もちろん監督にとって愉快なはずがない。その監督と飲んでいると、携帯がなり、液晶画面にそのスカウトの名前が浮かんだ。しかし監督は出ようとしない。

「電話なってますよ。どうぞ、遠慮なさらずに」
「いや、このスカウトとは話はしないことに決めたから」

 たぶんそのスカウトにすれば、球団の名前さえ出せばどの監督も媚びるように相手をしてくれると勘違いしていたのだろう。監督に会えなくてはスカウトの仕事ができない。その球団は指名すら諦めざるを得なかった。

 サラリーマンは「名刺(会社の名前)で仕事をするな」と言われる。スカウトも同じだ。

 12球団一の貧乏球団と揶揄されることもある広島だが、今季2桁勝利を挙げた先発投手が4人いるなかで、来季は大瀬良という5人目が加わり、強力な投手王国が出来そうだ。カネがなくても真摯な姿勢と情熱があれば仕事は出来る。田村スカウトの涙は、私たちの仕事でなにが大切か教えてくれた。

関連キーワード

関連記事

トピックス

盟友である鈴木容疑者(左・時事通信)への想いを語ったマツコ
《オンカジ賭博で逮捕のフジ・鈴木容疑者》「善貴は本当の大バカ者よ」マツコ・デラックスが語った“盟友への想い”「借金返済できたと思ってた…」
NEWSポストセブン
解散を発表したTOKIO(HPより)
《TOKIO解散には迷いなし?》松岡昌宏、「男気会見」で隠せなかった本音 唯一違った“足の動き”を見せた質問とは?
NEWSポストセブン
佐々木希と渡部建
《六本木ヒルズ・多目的トイレ5年後の現在》佐々木希が覚悟の不倫振り返り…“復活”目前の渡部建が世間を震撼させた“現場”の動線
NEWSポストセブン
東川千愛礼(ちあら・19)さんの知人らからあがる悲しみの声。安藤陸人容疑者(20)の動機はまだわからないままだ
「『20歳になったらまた会おうね』って約束したのに…」“活発で愛される女性”だった東川千愛礼さんの“変わらぬ人物像”と安藤陸人容疑者の「異変」《豊田市19歳女性殺害》
NEWSポストセブン
児童盗撮で逮捕された森山勇二容疑者(左)と小瀬村史也容疑者(右)
《児童盗撮で逮捕された教師グループ》虚飾の仮面に隠された素顔「両親は教師の真面目な一家」「主犯格は大地主の名家に婿養子」
女性セブン
組織が割れかねない“内紛”の火種(八角理事長)
《白鵬が去って「一強体制」と思いきや…》八角理事長にまさかの落選危機 定年延長案に相撲協会内で反発広がり、理事長選で“クーデター”も
週刊ポスト
ディップがプロバスケットボールチーム・さいたまブロンコスのオーナーに就任
気鋭の企業がプロスポーツ「下部」リーグに続々参入のワケ ディップがB3さいたまブロンコスの新オーナーなった理由を冨田英揮社長は「このチームを育てていきたい」と語る
NEWSポストセブン
たつき諒著『私が見た未来 完全版』と角氏
《7月5日大災害説に気象庁もデマ認定》太陽フレア最大化、ポピ族の隕石予言まで…オカルト研究家が強調する“その日”の冷静な過ごし方「ぜひ、予言が外れる選択肢を残してほしい」
NEWSポストセブン
佐々木希と渡部建
《渡部建の多目的トイレ不倫から5年》佐々木希が乗り越えた“サレ妻と不倫夫の夫婦ゲンカ”、第2子出産を迎えた「妻としての覚悟」
NEWSポストセブン
大阪・関西万博で、あられもない姿をする女性インフルエンサーが現れた(Xより)
《万博会場で赤い下着で迷惑行為か》「セクシーポーズのカンガルー、発見っ」女性インフルエンサーの行為が世界中に発信 協会は「投稿を認識していない」
NEWSポストセブン
詐称疑惑の渦中にある静岡県伊東市の田久保眞紀市長(HP/Xより)
《東洋大学に“そんなことある?”を問い合わせた結果》学歴詐称疑惑の田久保眞紀・伊東市長「除籍であることが判明」会見にツッコミ続出〈除籍されたのかわからないの?〉
NEWSポストセブン
愛知県豊田市の19歳女性を殺害したとして逮捕された安藤陸人容疑者(20)
事件の“断末魔”、殴打された痕跡、部屋中に血痕…“自慢の恋人”東川千愛礼さん(19)を襲った安藤陸人容疑者の「強烈な殺意」【豊田市19歳刺殺事件】
NEWSポストセブン