国内

日本で初めて公安捜査官の戦いを実名で描くノンフィクション

【書評】『狼の牙を折れ   史上最大の爆破テロに   挑んだ警視庁公安部』 門田隆将著 小学館 1785円(税込)
【評者】鈴木洋史(ノンフィクションライター)

 * * *
 昭和49年8月30日、白昼の丸の内オフィス街をとてつもない轟音と爆風が駆け抜けた。「三菱重工爆破事件」死者8名、重軽傷者376名を出した史上最悪の爆破テロは、全11件に及ぶ連続企業爆破事件の始まりでもあった。今では信じられないが、新左翼運動が過激化した当時は〈誰が、いつ、どこで、どんな爆破事件に遭遇してもおかしくない「時代」〉だった。

 犯行声明を出した「東アジア反日武装戦線“狼”」に対して真っ向勝負を挑んだのが、極左暴力取締本部に精鋭を集めた警視庁公安部だった。本書は、特捜本部に対して「裏本部」と呼ばれたその組織が犯人グループを一斉検挙するまでの一部始終を、当時の公安捜査官たちに取材し、初めて実名で描いたノンフィクションである。

「裏本部」の捜査官は、新左翼の爆弾教本を暗記するほど読み込み、裏に流れる思想や人脈の解析からあるグループを割り出す。息詰まるような監視と尾行の中で、次々と新たな爆破テロは起こり、その裏側で一人また一人と犯人グループの人間を特定していく。事件から9か月後の検挙へと至る過程の描写は緊迫感に満ちている。

 本書の真髄は、秘密のベールに包まれた公安捜査の実態に光を当てたことに加え、主要捜査官らの人となりや人生を緻密に描くことで黒子としての矜恃や執念といった人間味までも浮き彫りにしたことだ。別の爆弾テロで前夫人を失っていた当時の警視総監・土田國保氏の日記も初公開している。

〈絹子(注・再婚した妻)お灯明をあげてくれて二人で拝む。涙をこらえる(中略)ああ、疲れたり〉と胸中が綴られた検挙当日の記述からは、血の通った一人の人間の姿が浮かび上がり、胸が詰まる。

※SAPIO2014年1月号

関連キーワード

関連記事

トピックス

民放ドラマ初主演の俳優・磯村勇斗
《ムッチ先輩から1年》磯村勇斗が32歳の今「民放ドラマ初主演」の理由 “特撮ヒーロー出身のイケメン俳優”から脱却も
NEWSポストセブン
亡くなった米ポルノ女優カイリー・ペイジさん(インスタグラムより)
《米ネトフリ出演女優に薬物死報道》部屋にはフェンタニル、麻薬の器具、複数男性との行為写真…相次ぐ悲報に批判高まる〈地球上で最悪の物質〉〈毎日200人超の米国人が命を落とす〉
NEWSポストセブン
和久井学被告が抱えていた恐ろしいほどの“復讐心”
「プラトニックな関係ならいいよ」和久井被告(52)が告白したキャバクラ経営被害女性からの“返答” 月収20〜30万円、実家暮らしの被告人が「結婚を疑わなかった理由」【新宿タワマン殺人・公判】
NEWSポストセブン
松竹芸能所属時のよゐこ宣材写真(事務所HPより)
《「よゐこ」の現在》濱口優は独立後『ノンストップ!』レギュラー終了でYouTubeにシフト…事務所残留の有野晋哉は地上波で新番組スタート
NEWSポストセブン
山下市郎容疑者(41)はなぜ凶行に走ったのか。その背景には男の”暴力性”や”執着心”があった
「あいつは俺の推し。あんな女、ほかにはいない」山下市郎容疑者の被害者への“ガチ恋”が強烈な殺意に変わった背景〈キレ癖、暴力性、執着心〉【浜松市ガールズバー刺殺】
NEWSポストセブン
英国の大学に通う中国人の留学生が性的暴行の罪で有罪に
「意識が朦朧とした女性が『STOP(やめて)』と抵抗して…」陪審員が涙した“英国史上最悪のレイプ犯の証拠動画”の存在《中国人留学生被告に終身刑言い渡し》
NEWSポストセブン
早朝のJR埼京線で事件は起きた(イメージ、時事通信フォト)
《「歌舞伎町弁護士」に切実訴え》早朝のJR埼京線で「痴漢なんてやっていません」一貫して否認する依頼者…警察官が冷たく言い放った一言
NEWSポストセブン
降谷健志の不倫離婚から1年半
《降谷健志の不倫離婚から1年半の現在》MEGUMIが「古谷姓」を名乗り続ける理由、「役者の仕事が無く悩んでいた時期に…」グラドルからブルーリボン女優への転身
NEWSポストセブン
橋本環奈と中川大志が結婚へ
《橋本環奈と中川大志が結婚へ》破局説流れるなかでのプロポーズに「涙のYES」 “3億円マンション”で育んだ居心地の良い暮らし
NEWSポストセブン
10年に及ぶ山口組分裂抗争は終結したが…(司忍組長。時事通信フォト)
【全国のヤクザが司忍組長に暑中見舞い】六代目山口組が進める「平和共存外交」の全貌 抗争終結宣言も駅には多数の警官が厳重警戒
NEWSポストセブン
遠野なぎこ(本人のインスタグラムより)
《前所属事務所代表も困惑》遠野なぎこの安否がわからない…「親族にも電話が繋がらない」「警察から連絡はない」遺体が発見された部屋は「近いうちに特殊清掃が入る予定」
NEWSポストセブン
放送作家でコラムニストの山田美保子さんが、さまざまな障壁を乗り越えてきた女性たちについて綴る
《佐々木希が渡部建の騒動への思いをストレートに吐露》安達祐実、梅宮アンナ、加藤綾菜…いろいろあっても流されず、自分で選択してきた女性たちの強さ
女性セブン