この老人は70歳間近のひとり暮らし。以前は、家庭で「フロ(風呂)、メシ(飯)、ネル(寝る)」としか話さないような亭主関白でしたが、定年後、熟年離婚という形でそのツケが回ってきました。

 愚痴る相手(妻)はおらず、生き甲斐(仕事)もない。生活には困っていないが、わびしさだけは日々募る。普段は孤独感や老いに対する恐怖と焦りには蓋をして、なんとか平穏に暮らしていますが、いろんな悪感情が溜まっている。爆発寸前の風船です。ちょっとしたきっかけで、そのやるせない思いを暴発させてしまうのです。

 しばらくぶりに会う子どもや孫との外食は、老人にとって唯一の楽しみです。大きな期待感を抱いて来たことでしょう。それだけに、店員のちょっとした不手際も許せません。「孫が泣いた」という事実は、この老人にとって許し難いことだったのです。

 だから、ホワイト・モンスターに豹変しました。わめきちらし、店員を罵倒することでしか、思いを発散することができなくなっていたのです。

 この時は「椅子から落ちて泣いた」というだけで済んでいますから、老人の怒りもこの程度(といっても激しいもの)だったのですが、もし孫が怪我でもしていたら、これでは済まなかったでしょう。最悪の場合、店員に殴りかかって警察沙汰、という事態もあり得たのです。

※援川聡・著/『理不尽な人に克つ方法』(小学館新書)より

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