「おにぎり」といえば、日本人のソウルフードとして根付いた誰もが大好きな食べ物だが、おにぎりの真髄を知るには、まず米の旨さについて知ることから──。そう考えた本誌記者はまず大阪へと向かった。日本一の銀シャリを炊く伝説の人物の「おにぎり」の味を確かめるために。
大阪・堺の大衆食堂「銀シャリ屋・ゲコ亭」。毎朝8時半前には、開店を待つ人々であふれかえる。目当ては「飯炊き仙人」として全国に名前を轟かす村嶋孟さん(83)の炊く「究極の白飯」である。
無造作に茶碗によそわれた白米を見て、誰もが驚く。つやつやと輝く一粒一粒が、「立って」いる。口に含めば、ほのかな甘みが鼻腔へと抜け、その余韻に陶然とする。仙人は、レンガ造りのかまどの前でせわしなく動いていた。3升炊きの大釜が4つ。火加減、蒸らしの時間、その全てを眼光鋭く見つめている。
「よっしゃ、今や!」
フタを開けると湯気がもうもうと噴き出し、その奧から新雪のようにキラキラ輝く白飯が現われた。仙人が釜をかき混ぜる。均等にムラなく火が入っているからか、おこげはほとんど見当たらない。
「飯を炊くコツ? そんなもん口でよういわん。人間も毎日体調がコロコロ変わるやろ。それと同じように、米やら水やら火の状態も毎回変わるんや。それをどう見極めるか、そうとしかいえんわな」
話しぶりはぶっきらぼうだが、材料にはこだわりぬいている。米は宮城県登米産の希少なササニシキ、水は蛎殻と木炭を浸して寝かせたものを使用している。
「ほら、食うてみて」
かき混ぜた熱々の白米を仙人は掌に載せ、柔らかく握る。まん丸な塩おにぎりだ。熱さにハフハフしながら噛みしめる。 もう余計な言葉は要らない。あぁ、旨い──。至福の時を終え、店を出ようとすると、仙人がラップに包んだおにぎりを2つ、手渡してくれた。
「どんな飯でも、できたてで熱いときは旨いもんや。せやけど、本当によう炊けたササニシキは冷えてからでも旨いんや。まァ、東京に帰ってから食べてみて」
翌朝、ラップを剥がして食べてみた。驚いた。炊きたての時よりも、甘みが鮮烈で、深い。さて、もうひとつのおにぎりもと思ったら……。しまった、油断した。気がつけば、すでに妻がおにぎりをほおばっている。すると彼女は、目をまん丸にしてこちらを見つめ、呟いた。
「何なの、このおにぎり……」
伝説の飯炊き仙人は今年5月末をもって引退予定という。ゲコ亭とその白飯の味はこれからも後進たちによって引き継がれていく。
■銀シャリ屋 ゲコ亭
【住所】大阪府堺市堺区新在家町西1-1-30
【営業時間】午前8時30分~午後2時頃(売り切れ次第終了)
撮影/石井雄司
協力/『どやメシ紀行』(J:COM関西エリアで放送中)
※週刊ポスト2014年3月7日号