日本で自らの家系、血統、家柄、地位を表わすために用いられてきた紋章。それが家紋だ。その家紋を描く職人を、紋章上絵師という。江戸時代に誕生し、昭和の初めまで活躍したが、日本人の着物離れが進み、紋付けの注文が激減。現在は全国に数十名しかいない。
その一人で、創業90年の歴史を持つ老舗「伊藤紋章店」の伊藤武雄氏に、紋章上絵師の仕事について話を聞いた。
「家紋は紋帳に載っているだけでも何千種類もあるため、毎回違う絵柄を描きます。生地によって墨の滲み具合も違うし、この仕事はいつも新鮮。慣れる、ということはないですね」
注文を受けると、まず紋帳で家紋の形を確認。紋帳を見ながら、分廻し(竹製コンパス)と筆を使い、一筆一筆、丁寧に細かい絵柄を描いていく。
着物に入れる紋の大きさは、女性は5分5厘(約2.2cm)、男性は1寸(約3cm)が多い。線の細さを変えずに細かい絵柄を描いていくのは、まさに匠の職人技。
「昔の紋は、もっと大きかったのですが、家や格式を重んじなくなった時代の流れか、家紋はどんどん小さくなりました」
着物に直接描くほか、別生地に描いた紋を縫い付ける「切り付け紋」という方法もある。極細の針と絹糸で縫い付けるが、驚くことに縫い目がまったく見えない。
「昔は、手作りしたもっと細い針がありました。機械より手のほうが優れているんです。今は紋入れも印刷でできますが、手描きとは全然違います。その違いを理解して欲しいと思います」
撮影■佐藤敏和
※週刊ポスト2014年5月23日号