『太陽とバラ』では沢村貞子と母子役で共演している。
「木下先生はワンシーンをワンカットで撮るので、シーンが長い。それで、辻堂の海岸で沢村さんが僕の演じる不良少年をこんこんと諭すシーンがあるのですが、沢村さんには三ページくらいセリフがあって、僕はただ聞いているだけでした。ロケーションで喋るのも大変ですが、当時はそれをさらにアフレコするんです。でも、沢村さんは長いセリフでもピタリと口の動きに合わせる。こういう俳優になりたいな、と思いました。
後に沢村さんは『事の破るるは得意の日にあり』と台本に書いてくれました。『私の家に雨戸があるんだけど、閉める時、慣れた感じで雑に閉めようとすると指にトゲが刺さってしまう。だから、あんまり得意がっちゃダメよ』とおっしゃるんです。
その言葉は今でも覚えています。以前のことは、もういいんですよ。それは過去だから。評判が良かったり、賞をいただくことがあっても、そのあくる日には何もない。もちろん、褒められたら『ありがたいな』『役者をやっていてよかったな』と思うことはあります。その一日は酔ってもいいと思います。でも、一日たてばそれは過去のものなんですよ」
●春日太一(かすが・たいち)/1977年、東京都生まれ。映画史・時代劇研究家。著書に『天才 勝新太郎』(文春新書)、『あかんやつら~東映京都撮影所血風録』(文芸春秋刊)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮新書)ほか。最新刊『時代劇ベスト100』(光文社新書)も発売中。
※週刊ポスト2014年10月31日号