入れ食い。『広辞苑』第六版では「釣りで、鉤を下ろすと即座に続けざまに釣れてくること」と解説されている。ハリにエサを刺して仕掛けを海へ入れ、食いついた魚とやり取りして手元に釣り上げてクーラーボックスへ収めるまでの時間を30秒とすれば、30秒に1匹のペースで釣れるのが入れ食い状態ということになる。
1分で2匹。1時間で120匹。2時間で240匹。釣りでは10匹釣ることをツ抜けと言う。ひとツ、ふたツ…ここのツ、十で語尾にツが付かなくなるからだが、100匹釣るのは束釣り。もちろんこちらは大物相手の釣りではあり得ない数字で、ハゼなどの小物が対象の場合に限られる。
エサを刺す→振り込む→掛け合わせる→取り込む→収納する→エサを刺す、という一連の動作を手返しと呼ぶ。
入れ食いはさまざまな条件が重なったときに起こるが、好条件が重なっただけでは時合(じあい)にすぎず、その時合を入れ食いに結びつけられるかどうかは手返しのワザにかかっている。
無駄のない流れるような一連の動作が入れ食いを可能にするわけだ。つまり、入れ食いの科学とは時合を読み取る知識であり、時合に無駄のない動作を続けるテクニックと仕掛けの工夫にほかならない。
私自身もこれまでに入れ食いと呼べる状況に何度か遭遇している。タカベやシロギスといった小物だけではなく、イサキやクロダイ、離島では45~55センチという尾長(クロメジナ)の入れ食いにも遭遇した。釣り上げた尾長は30匹ほどだが体力勝負の2時間だった。
これからの人生、何度そんな幸運に巡り合えるかわからないが、入れ食いのための準備と修業はまだまだ続きそうだ。
文■高木道郎(たかぎ・みちろう)1953年生まれ。フリーライターとして、釣り雑誌や単行本などの出版に携わる。北海道から沖縄、海外へも釣行。主な著書に『防波堤釣り入門』(池田書店)、『磯釣りをはじめよう』(山海堂)、『高木道郎のウキフカセ釣り入門』(主婦と生活社)など多数。
※週刊ポスト2015年3月6日号