春画研究の分野で、若き女性研究者が活躍している。春画をテーマに初の博士号を取得した石上阿希氏は、江戸時代に多くの階層の男女が楽しんだ春画の再評価を目指す。彼女が夢中になった春画の魅力とはいったい何なのか。
石上氏が初めて春画を見たのは女子高生時代だった。
「書店で何となく手にとった本に春画が掲載されていました。描写が生々しすぎて思わず本を閉じてしまいました(笑い)」
そんな石上氏が春画研究を志したのは、大学3年の冬に図書館で偶然、林美一氏の本を手にしたことがきっかけだ。その本には、19世紀を代表する浮世絵師・歌川国貞が描いた『開談夜之殿』が紹介されていた。絵に数々の細工を施した「仕掛本」として知られる。
「心中に失敗した男が、水死体となった女に手を合わせている絵でした。ところが、これを上下左右に展開すると、幽霊になった女が男の一物を食いちぎって闇夜へ昇っていくんです」
凄まじい描写と凝った趣向に、石上氏は「春画とは一体何だったのか?」と興味を抱き、春画研究の道を邁進する。
「学部生時代や修士時代に林美一氏や米国の浮世絵研究の泰斗だったリチャード・レイン氏が遺されたコレクションを整理するお手伝いをさせていただき、貴重な春画と接することができました。二大研究者が長年かけて収集した春画が私の研究の命脈です」
春画を専門に選んだ石上氏は「春画だけを研究していてはだめですよ」と先輩学者から助言されたというが、春画を離れるのはなかなか難しいという。
「一言で『春画』といっても、その歴史は古代から近代まであり、研究には文学、美術、社会など様々な視点が必要です。最近では国内外で春画を扱う研究者が増えてきましたが、春画に関わる問題は多すぎて、まだまだ追いつきません」
研究を始めた頃の石上氏は女子高生時代のように、精緻に描かれた男女の行為に頬を赤らめることはなかったのだろうか。
「絵の面白さに魅了されたので、恥ずかしがる発想がどこかに行ってしまいましたね。春画には絵師や職人、版元たちの、読者を驚かそうという思惑が渦巻いています。それを読み解いていくのが楽しいんです」
※週刊ポスト2015年5月8・15日号