インドネシアにおける各国からのODAで度々障壁になってきたのは、土地収用の問題だ。高速鉄道の工事を進めるためには、路線周辺の土地を買収し、対象地域の住民を移転させる必要がある。この問題について尋ねると、同省幹部は次のように回答した。
「中国案を実施する合弁企業の一社は高速道路を運営する会社で、道路沿いの土地を所有している。だから日本案に比べて買収面積が少ない」
高速道路沿いで暮らす住民はあまりいないため、国鉄沿いに多い住民の移転で難航が予想される日本案より、中国案の方が移転にかかる手間が省けるという。中国案の採用が決まった際、菅義偉官房長官は「信頼関係を損ねた」と遺憾表明し、怒りを顕わにしたが、そもそも最初から作戦負けだった可能性がある。
中国案の買収対象用地は約500ha。移転対象となる住民の人数については明らかにされていないが、「すでに交渉は水面下で始まっている。今のところ反対している住民はいない」(合弁企業社長)という。ただし油断はできない。
かつて日本のODAでインドネシアに実施したダム建設では、移転を強いられた住民が日本政府を相手取って裁判を起こし、最高裁までもつれ込んだ前例があるからだ。
スタートからつまずいた中国案の高速鉄道事業だが、運輸省から建設許可が下り、工事が進められたとしても、住民移転の問題が浮上する可能性は高く、これがさらなる遅延を招く恐れがある。その時、合弁企業および中国政府の政治的手腕が試されるだろう。
※SAPIO2016年4月号