医学の世界は日進月歩。戦国時代の傷病治療は薬草や漢方を用いた民間療法が主体で、当然ながら医学的根拠のないものだらけだった。たとえば戦場で受けた刀傷には、馬糞や尿を塗ったり飲んだりした。これは排泄物に含まれる成分に止血効果があると信じられていたからである。
江戸時代は「虫」が病気の原因であると考えられ、「虫祓い」として神仏に祈願していた。虫歯も同様で、東京の「白山神社」をはじめ、全国に歯痛の神を祀る神社が多数存在するのはその名残である。
神仏祈願以外には、歯痛を抑えるため鍼灸も行われており、驚くことに虫歯の穴へ直接灸を据える荒治療もあったという。
また古代から猛威をふるった「痘瘡(天然痘)」はその激烈な症状から江戸の庶民に恐れられた。疫病払いのため、町民が患者の家に押しかけ、患者の食べ残しを口にする「痘瘡祭」という奇祭が存在したことも記録に残されている。
「患者の食べ残しを口にするのは『種痘』(痘瘡の予防接種)と類似したワクチン効果を得られる場合もあり、非科学的な迷信とは言い切れない」(歴史研究家・川口素生氏)
この奇祭は、安政5年に大流行したコレラ(コロリと呼ばれていた)でも行われた。しかし、コレラは経口感染症であるため、さらに感染者を増加させる要因となり、多くの死者を出すことになった。
病と対極にある不老長寿の願望も強く、一部の地域では「人魚の肉」と呼ばれたジュゴンの肉が不老長寿の妙薬として珍重されたという。また、現在は天然記念物となっている山椒魚は「山人魚」と呼ばれ、半分に裂かれても生き続けるほどの生命力から精力剤として用いられていたと言われている。人間の「病」に対する恐怖、生きることへの執着心はいつの時代も変わらない。
※SAPIO2016年6月号