◆華人の血が流れる

 南シナ海問題について、ドゥテルテ氏は「水上スキーで島に上陸する」という勇ましいことを言ったかと思えば、中国との対話も排除しないという趣旨の発言を何度も行っている。真意はどこにあるのか。

 ドゥテルテ氏には華人の血が入っている。母方の祖母は「呂」という姓だったという。自らも中国語を聞いて多少は分かる、という話もある。ドゥテルテ氏に影のように寄り添う側近の人物も華人の子孫だと言われている。

 フィリピンにおける華人は約100万人。有権者人口5500万人からすれば決して大きな数ではなく、現地との混血も進んでいるが、経済において多くの企業グループを有する「華人パワー」は無視できない大きな力を持っている。

 華人の血があっても思想が中国人的で中国寄りになると単純に考えることはできない。アキノ大統領も華人の血を引いていた。ドゥテルテ氏には米国への憧れも中国への祖国意識もなく、基本的には地方特有の利害調整を得意とした現実主義者である可能性が高い。

 フィリピンでは南シナ海・南沙諸島などの埋め立て・基地化を続ける中国の対応に対し、反発が強い。フィリピンの国民感情は基本的に親米であり、ドゥテルテ氏が中国に対して過剰に妥協的な態度を取れば世論に戸惑いが広がり、本人にも得策ではないだろう。

 しかし一方で、フィリピンには脈々と「自主独立」の精神が受け継がれている。度重なる独立戦争を戦い抜き、1986年には憲法改正で米軍基地を追い出した国である。ドゥテルテ氏が貧困層などの高い支持を背景に自主独立の路線を強めれば、米国ともすきま風が生じ、中国につけいるチャンスを与える。

 フィリピン政治に詳しい高木佑輔・政策研究大学院大学助教授は「フィリピン人は基本的にナショナリスト。自らの国益にかなう限り、アメリカとも中国とも近づきうる。その振れ幅は日本よりも激しい」と指摘する。中国は今後、資源の共同開発などのアイデアを持ちかけ、揺さぶっていくだろう。

 当選後のドゥテルテ氏が、16日、駐フィリピンの趙鑑華・中国大使と面会した、というニュースが流れた。当選確定後、最初に会った3人の外国大使の一人とされ、中国の中央電視台や新華社も盛んに報じた。3人には日本大使も含まれていたが、米国大使とはこの時点で面会の予定はない、とされた。早くもドゥテルテ詣でが始まったようだ。

 日本は集団的自衛権の行使を認める安保関連法を成立させ、4月には中国の南シナ海への進出を意識した米比軍事演習にも参加した。アキノ大統領は日比の防衛協力強化を提唱し、自衛隊によるフィリピンの基地使用を可能とする協定の締結も視野に入れて中国にもプレッシャーをかけていた。

 だが、当選を確実にしたドゥテルテ氏は現地メディアに南シナ海問題への対処についてこう述べている。

「(米国主導の)多国間協議が失敗に終わり、ほかに手がなくなれば、中国と直接話し合うこともあり得る」

 この発言からは、すでにアキノ大統領の路線とは一線を画す兆しが浮かび上がる。日米が主導する南シナ海の対中包囲網にほころびが生じる日も近いかも知れない。

※SAPIO2016年7月号

関連キーワード

関連記事

トピックス

多忙なスケジュールのブラジル公式訪問を終えられた佳子さま(時事通信フォト)
《体育会系の佳子さま》体調優れず予定取り止めも…ブラジル過酷日程を完遂した体力づくり「小中高とフィギュアスケート」「赤坂御用地でジョギング」
NEWSポストセブン
麻薬密売容疑でマグダレナ・サドロ被告(30)が逮捕された(「ラブ・アイランド」HPより)
ドバイ拠点・麻薬カルテルの美しすぎるブレイン“バービー”に有罪判決、総額103億円のコカイン密売事件「マトリックス作戦」の攻防《英国史上最大の麻薬事件》
NEWSポストセブン
広島県を訪問された天皇皇后両陛下(2025年6月、広島県。撮影/JMPA)
皇后雅子さま、広島ご訪問で見せたグレーのセットアップ 31年前の装いと共通する「祈りの品格」 
NEWSポストセブン
無期限の活動休止を発表した国分太一(50)。地元でもショックの声が──
《地元にも波紋》「デビュー前はそこの公園で不良仲間とよくだべってたよ」国分太一の知られざる “ヤンチャなTOKIO前夜” 同級生も落胆「アイツだけは不祥事起こさないと…」 【無期限活動停止を発表】
NEWSポストセブン
政治学者の君塚直隆氏(本人提供)
政治学者・君塚直隆氏が考える皇位継承問題「北欧のような“国民の強い希望”があれば小室圭さん騒動は起きなかった」 欧州ではすでに当たり前の“絶対的長子相続制”
週刊ポスト
TOKIOの国分太一(右/時事通信フォトより)
《あだ名はジャニーズの風紀委員》無期限活動休止・国分太一の“イジリ系素顔”「しっかりしている分、怒ると“ネチネチ系”で…」 “セクハラに該当”との情報も
NEWSポストセブン
月9ドラマ『続・続・最後から二番目の恋』主演の中井貴一と小泉今日子
今春最大の話題作『最後から二番目の恋』最終話で見届けたい3つの着地点 “続・続・続編”の可能性は? 
NEWSポストセブン
『ザ!鉄腕!DASH!!』降板が決まったTOKIOの国分太一
《どうなる“新宿DASH”》「春先から見かけない」「撮影の頻度が激減して…」国分太一の名物コーナーのロケ現場に起きていた“異変”【鉄腕DASHを降板】
NEWSポストセブン
出廷した水原被告(右は妻とともに住んでいたニューポートビーチの自宅)
《水原一平がついに収監》最愛の妻・Aさんが姿を消した…「両親を亡くし、家族は一平さんだけ」刑務所行きの夫を待ち受ける「囚人同士の性的嫌がらせ」
NEWSポストセブン
夫・井上康生の不倫報道から2年(左・HPより)
《柔道・井上康生の黒帯バスローブ不倫報道から2年》妻・東原亜希の選択した沈黙の「返し技」、夫は国際柔道連盟の新理事に就任の大出世
NEWSポストセブン
新潟で農業を学ことを宣言したローラ
《現地徹底取材》本名「佐藤えり」公開のローラが始めたニッポンの農業への“本気度”「黒のショートパンツをはいて、すごくスタイルが良くて」目撃した女性が証言
NEWSポストセブン
1985年春、ハワイにて。ファースト写真集撮影時
《突然の訃報に「我慢してください」》“芸能界の父”が明かした中山美穂さんの最期、「警察から帰された美穂との対面」と検死の結果
NEWSポストセブン