1969年にシカゴの精神科医、E・キューブラー・ロスが死にゆく患者たちにインタビューした医学書『死ぬ瞬間』は当時の大ベストセラーとなった。時代を超えて医療技術が進歩した今も、人間にとって「死」は決して逃れることのできない、「人生最大のテーマ」であり続ける。
人は「死」を告げられた時、どのようにして現実を受け容れ、残された時間に何を考えるのだろうか。もし医師から「残念ですが……もってあと半年ですね」と「死」を宣告されたとしたら、あなたはまず何を思うだろうか。
キューブラー・ロスは『死ぬ瞬間』の中で、人が死の宣告を受けてから、それを受け容れるまでの心の変化には5つの段階があると定義している。この定義は、今もなお医療関係者の間で広く浸透している。東海大学健康科学部社会福祉学科教授で緩和ケアにも携わっている精神科医の渡辺俊之氏が説明する。
「家族や緩和ケアのチームにとって、患者さんを理解する上で非常に重要な指針といえます」
その5段階とは、【1】否認、【2】怒り、【3】取引、【4】抑うつを経て、【5】受容に至るというものだ。
死を宣告された人の多くは、すぐにはその事実を受け容れることができない。「そんなの嘘だ!」「診断ミスだ」「自分がまだ死ぬはずがない」と医師の言葉を疑い、拒絶する。これが最初の「否認」である。
精神科医で、余命1年半の元予備校講師の闘病生活を描いた『受験のシンデレラ』(小学館刊)の著書がある和田秀樹氏が解説する。
「第2段階では、なぜ自分がこんな目に遭わなければならないのかと、周囲に怒りをぶつけるようになる。次に『自分の悪いところは直すから、命だけは助けてほしい』などと、取引を試みる。信仰などにすがろうとするのもその一種です。やがてそれが無理だと悟ると、失望し、無力感に襲われて『抑うつ状態』に陥る」
これらの段階を経た後に、人はようやく死を受け容れられるようになるという。前出・渡辺氏がいう。
「私の実感としては、これらの段階はひとつひとつ進んでいくものではなく、行ったり来たりを繰り返します。落ちついてきたと思ったら、また怒り出す人もいる。死を認めるまでにはそれぞれの葛藤があり、乗り越え方も違うのです」
※週刊ポスト2016年9月16・23日号