中華の料理人の多くが買い求める中華鍋がある。作っているのは「山田工業所」(神奈川県横浜市)。「鉄打出し中華片手鍋」(板厚1.2mm 外径30cm 深さ9cm 5400円〈参考価格〉)という商品だ。創業は戦後の混乱が残る1957年。当時は材料がなく、ドラム缶の鉄底をハンマーで叩いて鍋を作っていたという。
それから約60年後の現在も、鉄板を叩いて作る「打ち出し加工」にこだわり、中華鍋を作り続ける日本唯一の工場だ。
「一度使えば違いがわかるって、何十年も愛用し続けてくれているプロの人も多いんですよ」
と、2代目社長の山田豊明さんは、笑顔で語る。
鉄は叩くと分子が細かくなり強度が増すだけでなく、材質が変化して熱伝導がよくなる。また、表面に細かい凹凸ができることで油なじみもよくなり、焦げつきにくくなる。
「一般的なプレス加工で作る場合、厚さ1.2mmの中華鍋ならどの部分も同じ厚さになっていますが、打ち出し加工の場合は、中央を1mm、火の当たる部分は0.6mmというように、場所によって厚さを変えています。薄い部分に火が当たることで熱も伝わりやすく、約3秒で全体が熱くなります。軽くて強い鍋だから、家庭でも使いやすいですよ」(山田さん)
1枚の鉄板から打ち出していくため、中華鍋を1つ作るのに家庭用で20~30分、プロ用なら1時間近く叩き続けなくてはならない。人の力だけでは、どんなに頑張っても1日に4~5個作るのが限界だったが、休みなく打ち続けることができる機械を自社開発したことで、ずいぶん生産性が上がったという。
「同じように見える1枚の鉄板ですが、切る場所によって微妙に厚さや硬さが違います。それに、気候によっても叩き方に微調整が必要で、完全に機械化するのは無理。最後は職人の経験と技が必要です」(山田さん)
鍋形にカットした鉄板を10枚重ねてセットし、職人が鉄板の様子を確認しながら、ハンマーが当たる位置などを微調整したうえで、叩くこと数千回で鍋底の形がほぼ出来上がる。この後さまざまな工程を経て、持ち手部分の加工や研磨、ニス塗りまで、約1時間半かけて中華鍋が出来上がる。
ずっしりとしているような印象だが、持つと軽くて使いやすい。これならプロ並みの味が再現できそうだ。
※女性セブン2016年11月10日号