〈前原氏 米国との議論はどうか。
安倍首相 日露平和条約は日本が主体的に判断する。日露交渉の全てを米国と協議はしないが、基本的な考えを米国と話すのは当然行う。
前原氏 米国は1月から新政権。政権移行期に物事を進めるべきではない。
安倍首相 国際政治は一国の政治状況とは別に動く。米国内の状況に合わせてしか交渉できないなら、相手の立場なら米国と話をしようとなる。〉(前掲「毎日新聞」)
ここで北方領土問題については「日本が主体的に判断する」と安倍首相は明言している。米国との軋轢が生じても北方領土交渉で具体的成果を残すということだ。このような形で日米同盟に風穴を開けることができれば、プーチン外交の大勝利だ。
もっとも、安倍政権が歯舞群島と色丹島を適用除外にするならば、日本の施政が及ぶ全領域を米国が共同防衛するという日米安保体制の基本構造が崩れることになる。ここにプーチン大統領の大きな狙いがあると筆者は見ている。
そのような状況になれば、米国が「中国との武力衝突のリスクを負う尖閣諸島は日米安保条約の適用除外地域にする」というカードを切ってくる可能性がある。尖閣に対する共同防衛から米国が手を引き、この空白を沖縄(特に宮古・八重山)における自衛隊の大幅増強で埋めるというシナリオがでてくる。こうなると沖縄と中央政府の関係は、さらに緊張する。
杉山晋輔外務事務次官をはじめとする外務省幹部の発言からは、このような難問について考えている気配がまったく感じられない。外務官僚は、多くの事象が同時進行する複雑系としての外交をとらえることができないようだ。それだから、このようなリスクの高い交渉に対して外務省は異議を唱えないのであろう。
戦後、日本にとって日米同盟は生命線であったはずだ。それが今、北方領土交渉によって静かに崩れようとしている。このリスクを等身大で認識する必要がある。
●さとう・まさる/1960年生まれ。1985年、同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。小誌で半年間にわたって連載した社会学者・橋爪大三郎氏との対談「ふしぎなイスラム教」を大幅に加筆し『あぶない一神教』(小学館新書)と改題し、発売中。
※SAPIO2016年12月号