「仕事が忙しかったのもあるけれど、この年になると家族や知り合いががんになったという話を聞くようになる。『うちの兄貴もそうだったんだけど、早いところカメラで調べた方がいい』『ポリープの段階でとれば大丈夫』と聞いても、症状がないのに自分から検査に行く勇気が、どうしても起きなかった。がんと言われるのが、怖かったんですよね」

 腫瘍マーカーが正常値を超えたため内視鏡検査を受け、重症であることがわかった。生きる希望は捨てなかったが、治療は想像を超えていた。

「抗がん剤治療がいちばんきつかった。副作用で、片足立ちもできないほど、手足の先がしびれてね。足裏は、まるで針の上に立っているような感覚でした」

 身体的なつらさに加え、「ステージIV」という事実も、重くのしかかってくる。

「やっぱり、いちばん死に近い患者ですからね。ここまで生きて来られたのがラッキーなだけで、次にいつ自分の順番が来るかわからない」

 そんな気持ちから、「未来は長くない」と口にして、家族から「悲観的なことを言わないで」と叱られた。当時のことを多見さんに聞くと、「そうだったかしら」と首を傾げる。

「病気だとそのくらいのこと、言いたくなるのよ。お父さんはあの頃、自分では冷静だと思っていたかもしれないけど、私や娘たちから見ると、いつもの冷静なお父さんではなかったの」

 がん患者の家族もまた、大変な状況に置かれる。自分を責めて、うつ状態になってしまうこともあるし、心配のあまり無神経な言葉をかけて関係が悪化することもある。

 多見さんは、がんになった夫とどう向き合うかまず娘たちと話し合った。

「付き添っている私たち側が否定的な気持ちだったら、そんなのはすぐに伝わっちゃうから、がんとわかってすぐ、『否定的な気持ちにならない』心づくりをしようと娘たちと話し合いました」

 抗がん剤治療中、副作用に苦しむ高橋さんのそばで、気の毒だと思うこともあった。だが絶対に口に出さなかった。

「だって、治すためにいちばんいいと思ってやっている治療でしょう? かわいそう、気の毒というのは否定的な言葉だから言いません。なんでも肯定して生きられるような環境の土台づくりが必要だと思いました」

※女性セブン2016年12月1日号

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